お酒とタバコ、何の為にあるんですか
【我が国における酒類及びタバコの市場規模】
酒類:3兆6000億円 前比0・7%減 (矢野経済研究所2014)
タバコ:3兆9000億円 前比2・1%減 (日本たばこ協会2015)
知る人 「小学校4年生だよね。おうちの人に言ってから来たのかな」
問う人 「はい。母親に言ってから来ました。父さんは仕事でいなかったんで」
知る人 「お母さんは今日も臭ってたかい」
問う人 「はい。いつも以上に」
知る人 「昔から吸ってたんだろうか」
問う人 「社会人になってからだって聞いたことがあります。ボクが赤ちゃんの時の写真に灰皿が写ってますから、ボク、煙を吸って育ったのかもしれないです」
知る人 「まあ、悪い方に考えるのはよそう。お父さんは今夜も酔って帰ってくると思うかい」
問う人 「メシいらない、って言って出かけてったから、ほぼ間違いないです。想像するとイヤですけど」
知る人 「休肝日という言葉は聞いたことあるかな」
問う人 「お酒を飲まない日のことですよね、知ってます。17歳の誕生日にビールを飲んだのが始まりだったそうで、それから1日も休んでないって自慢してます。エラそうに言うことじゃないと思うんですけど」
知る人 「大げさに言ってるのかもしれないね。君のクラスに、俺はケンカ強いんだって自慢してる友達はいないかな」
問う人 「いますいます。中学生をブン殴ってやったとか大声で言ってたのが。ホントかウソかわかんないですけど」
知る人 「酒をたくさん飲めると自慢するオトナの気持ちは、その友達と似たようなものかもしれないな。さて、君が知りたいのは、お父さんに酒を、お母さんにタバコを、それぞれやめさせるにはどうしたらいいかってことだね」
問う人 「はい。それと、できればでいいんですけど、体に悪いってことが小学生にもわかるお酒とタバコが、どうしてお店でカンタンに買えるのかも知りたいです。1か月くらい前のことなんですけど、ボクがコンビニにお菓子買いに行こうとしたら、ついでにウイスキー買ってきてくれよって、父さんにお金渡されたんです。イヤだなって思ったんですけど、黙ってコンビニ行って、チョコとウイスキーをレジに持ってったら、お店の人、何にも言わなかったんです。ボクはどう見ても子供でしょ。何で聞かないんですか、おウチの人に頼まれたの、とか、自分で飲むんじゃないよね、とか。お金さえもらえりゃ、誰にでも売るんですか。おかしくないですか」
知る人 「あとの話の方が難しいな。まあ、順番にいこうか。お父さんとお母さんに、何でやめないのかって尋ねたことはあるかい」
問う人 「あります。2人とも同じでした。オイシイからだって」
知る人 「お母さんが吸うのは、バルコニーだよね」
問う人 「はい。父さんがタバコ嫌いなんです。ウチの中に臭いが染みつくから外で吸えって。でも、そう言う父さんは、日曜なんか朝から飲んでますけど」
知る人 「ウチの中で」
問う人 「それならまだマシなんです。天気のいい日は、公園のベンチで朝から赤い顔して座ってたりして。自分はこのオジサンの子供なんだと思うと恥ずかしいです」
知る人 「お母さんが吸ってる時の顔は見たことあるよね、どんな感じかな」
問う人 「いつも何かしてないと気が済まないタイプなんで、タバコ吸ってる時もそんな性格が出てますね。誰かに追い立てられてるみたいに、忙しそうに吸ってます。背中丸めて、頬すぼめて。母さんってどっちかって言うと美人な方だとボクは思ってるんですけど、あのかっこう見ると冷めますね」
知る人 「でも、吸ってない時のお母さん、飲んでない時のお父さんは、いい人なんだろう」
問う人 「ふだんの母さんは、料理がすごくじょうずで、今朝はチャーハンだったんですけど、中華料理屋さんのよりオイシイです。オイシイって言うとウレシそうに笑ってくれました。父さんは何でもよく知ってる人で、夏休みの宿題は必ず手伝ってくれます。手先は器用だし、走るのも速いんです。運動会の父兄対抗リレーに2回出てるんですけど、シロウトの中にオリンピック選手が紛れ込んだみたいで。もう、それは凄かったです」
知る人 「よくわかった。お父さんとお母さんが酒とタバコをやめない理由は、次の3つだ。
やめない理由1)体が覚えてしまって、習慣化している(つまり、やめられない)。
やめない理由2)気持ちを静めたい(何かイヤなことが心にある)。
やめない理由3)ホントに好き。
・・・どうだい、何となくわからないかな」
問う人 「そうですね。イヤなこと思い出してしまいした。さっきチラッと言いましたけど、ボク、チョコが好きなんです。実は今日も持ってて。ええと、これです」
知る人 「ああ、<ブラックサンダー>か。体操の内村航平選手もそれが好きらしいよ」
問う人 「1個32円。ボクでも買えます。ところがですね、100円ショップのダイソーだと、何と4個で108円なんです。あそこ行くと嬉しくて、ついまとめ買いしてしまうんですね。いっぱい入った袋をさげてウチに帰ったら、父さんに見られて、やっぱり俺の息子だなあ、って。親子は似るんでしょうか」
知る人 「親子は似る、というのは、深く掘ればいくらでも掘れる話なんだが、今日のところはやめておこう。酒、タバコ、チョコ。この3つだけじゃなくて、勉強でもスポーツでも仕事でも、すべてに共通していることとしてだね、 過ぎる のはダメというのはわかるよね。体に悪い、時間がもったいない、他人との調和を乱す、お金がかかる、嫌われる、バカにされる。野菜は体にいいものだが、私の友人でね、キャベツをひと玉食べた男がいる。翌朝、緑色の便が出たそうだ。<ブラックサンダー>は1個100kcal以上あるはずだな、確か。4個で500kcal近い。酔っぱらったり、肺が汚れたりはしないが、チョコも上の1)2)3)すべてにあてはまるね。わかるかい」
問う人 「つい買ってしまうんですよね。でも、ボクに2)はあてはまらないです」
知る人 「どうかな。酔っぱらったお父さんや、口から煙を吐いてるお母さんを見てイヤになって、ふと気づいたらチョコをむしゃむしゃ食ってた、なんてことはなかったと言い切れるかな」
問う人 「ううん、そう言われてみると・・・」
知る人 「君の体は<ブラックサンダー>1個でいいと言ってるのに、心がもっと食わせろと要求してたのかもしれん。まあ、君のことはいいとして、お父さんお母さんもそうなんだよ。体は1杯、1本でいいのに、心がもっと飲ませろもっと吸わせろ、と求めてくる。これは、上で言えば2)だね。2人それぞれ、何かイヤなことを胸にしまい込んでいる。それが外へ出てきそうになると、酒タバコの力を借りて胸の奥に押し込もうとするんだな。ただ、このイヤなことが何なのかはわからない。お母さんも働いてるんだろう。仕事上の悩みや不満、不安などであれば、小学生の君にできることはない。見守っててあげなさい、としか言えないな」
問う人 「そんな話聞かされても、ボク、わからないです」
知る人 「そうだよね。でも、君はふだんのお父さんお母さんのことが好きだろう。鍵はそこだ。これも私の友人の話だが、彼の部屋は風呂の隣にあるらしく、そこを通らないと風呂に入れない構造になってるんだな。彼には息子が2人いてね、2人とも、風呂に入る前とあがってからと、必ず彼の部屋に入ってきて、何かひとしきり喋っていくそうだ。学校のこと、テレビのこと、カワイイ女の子のことなど、その日あったことを話してくれる。彼は部屋でのんびり焼酎を飲むのが好きなんだが、そうやって息子たちがひんぱんに入ってくるものだから、酔っぱらっていては良くないと思い、外でしか飲まなくなったんだ。何が言いたいかわかるかい。君の方から近づいていくんだよ、お父さんお母さんに。我が子に話しかけられてイヤがる親はいない。何でもいいから相談してごらん。例えば、学校に走るのが遅くて悩んでる友達がいて、運動会で走るお父さんを見て感動して、速く走るにはどうしたらいいか教えてくださいって言ってる、とか。或いは、クラスの女の子がお母さんにチャーハンの作り方を教わりたいと言ってるとか。まあ、要するにだな、君と親との距離を縮めるにはどうすればいいか工夫してみるんだ。カワイイ息子を演じるのではなく、よほど恥ずかしくて言えないようなこと以外なら何でも親にぶつけるのさ。1回きりで終わるんじゃなくて、次の日曜日までに考えてとか、金曜の夜に続きを話すよとか、続き物のストーリーをつないでいくんだよ。根気よくやってれば、そのうち君に合わせるようになる。酔ってちゃ悪いな、タバコ臭いのは嫌がるな、ってね」
問う人 「足が遅くて悩んでる友達ならホントにいます」
知る人 「まあ、例として挙げてみただけだから、自分で考えてごらん。酒飲みながら、タバコ吸いながら、ではできないことがいいよね」
問う人 「はい、何か考えてみます。父さんはおとなしい子を見たらつい声かけたくなる人ですから、そういう友達を連れてきたらいいかもしれないです」
知る人 「あとは君の創意工夫力に任せよう。さて、2番目の疑問に答えなければいけないね。酒とタバコはなぜ売られているか、という問いだが、カンタンに言い放ってしまうとだな、売れるからだ。商品として強力で、欲しがってる人が世界中にいる。酒とタバコが普及していくに当たって、共通点が3つあった。
㈠初めは高級品で、貴族みたいな偉い人だけのものだった。
㈡お祭りやお祈りなど、儀式の際に使われることが多かった。
㈢製造技術の飛躍的進歩により安く大量に作れるようになった。
・・・今でも、正月の初詣、結婚式などで酒が出るのは当たり前のことだ」
問う人 「そういや、お父さんと初詣に行った時、神社の人がお酒配ってました」
知る人 「うん。ただ、さっきの<ブラックサンダー>のところで話したように、過ぎると体に悪い。イギリスでは産業革命の結果、ジンという高度数の蒸留酒が大量に作られるようになり、工場労働者や主婦などにジンを飲み過ぎる者が続出した。似たような事が世界中で起きた。タバコも然り。酒好き、タバコ好きの連中は、好きな事をやって何が悪いと開き直る。趣味と言えば聞こえはいいが、実情はさにあらずだ。本人の健康状態を悪くするにとどまらず、周囲に迷惑がかかり、やがてそれが広がって社会問題となる。というか、とっくに問題化して、世界的に禁酒禁煙運動が広まっている。タバコはどんどん値上がりしていくが、どうも世の中は酒に甘いようだな。過度の飲酒は交通事故や暴力沙汰、果ては殺人に至るまで、深刻な事故や事件をまき散らす」
問う人 「でも、買う人がいるから売る、ってことですか」
知る人 「買いたがるから売るのか、売りたがるから買うのか、どっちとも言えるね。産業としてみれば、酒・タバコを合わせると、日本では年間7兆円以上の莫大な金が動く。赤ワインを飲むと長生きするだの、焼酎はいくら飲んでも太らないだの、携帯灰皿を持ち歩きましょうだの、何のかんの理由を考え出しては買わせようとするのは、その産業で生活している人の数がものすごく多いからだ。昔、SF作家の広瀬正が『日本酒2合説』てなことを主張していたが、確かに、少量なら翌朝かえって体調がいいということはある。だが、多くの場合、度を超してしまう。井伏鱒二や開高健、吉行淳之介など、酒を愛した文士は多いが、彼らも二日酔いの苦しさは認めている。街を歩いていて、君も不思議に思わんかね、なぜ居酒屋がこんなに多いのか」
問う人 「それは父さんも言ってます。古い建物を壊して新しくなると、そこに必ず飲み屋が入居している、駅の近くは飲み屋だらけだって。酔ってない時はまともなこと言いますから」
知る人 「お父さんのその言葉がいい例だよ。飲み屋が多過ぎると思いつつ、自分も飲んでしまう。批判者と愛好家、お父さんの中に2人いるんだな。まさに世の中の縮図だよ、お父さんの心の中は」
問う人 「やっぱり、本人の自覚しかないんですね」
知る人 「タバコ産業は変質していくかもしれんが、酒は変わらんだろうな。昔ながらの酒販店はさっさと店じまいするが、コンビニは24時間365日、酒タバコを販売している。だが、例えコンビニで買った酒を飲んだ奴が交通事故起こして人を殺しても、売ったコンビニを責めることはできない。睡眠薬を飲んで自殺した人がいるからといって、製薬会社が責任をとることはないだろう。ナイフで誰かが殺されたとして、そのナイフの製造元が悪いと言うようなものだ。要は自己責任だよ。産業として力を持っている以上、いくら飲酒喫煙の弊害を叫んでも、結局、まあほどほどにしましょうといった無難なところに落ち着くのさ。酒タバコに使う金と時間を、自分の知性の向上のために、生活に困っている恵まれない人たちのために使えば、自分も社会も良くなる。営業時間を守る真面目な酒屋が栄える。誠実な人が損をするなんておかしいだろう。こんな世の中を変えていくのは、君のような、若くて正義感の強い人たちの仕事だ。疑問は胸にしまわず、まわりのオトナたちにガンガンぶつけていきなさい。そうしているうちに、世の中のこと、人の心など、いろいろわかってくる。どうせダメだと、何もしないうちに諦める輩が多過ぎる。君は思ったことを堂々と言える人間になってほしいな」
問う人 「世の中のことはまだわかんないですけど、まずウチの中を何とかします」
知る人 「そう、何事も一歩踏み出さないことには始まらないからね」
問う人 「今夜はどうかなあ、酔って帰ってくるかなあ」
知る人 「いっぺんに酔いが吹っ飛ぶような凄いことを言ってあげなさい」
問う人 「お酒と息子、どっちをとるのか、って聞いてみましょうか」
知る人 「それは親子お互いに刺激が強すぎるかもしれないな。せめて、お母さんとお酒とどっち、ぐらいにしておいた方がいいんじゃないか」
問う人 「どっちも好きだっていいますよ、きっと」
知る人 「君には、お父さんより好きなチョコがあるかい」
問う人 「あったら、そのチョコの息子になってます、今頃」
知る人 「君も酔ったフリをして、<ブラックサンダー>に向かって、お父さん、って言ってみたらどうだ」
問う人 「俺は4個108円か、って怒りますよ」
知る人 「それこそ初めの一歩だ」
(了)
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