サラリーマンにはなりたくない

【サラリーマンに関する言葉の解説】

サラリー:定期的にもらう俸給。月給など。「塩の給与」を意味するラテン語に基づく。

俸給:定期的・継続的に、労働に対して支払われるお金。給料。

給料:労働の報酬として雇用主から支払われるお金。サラリー。

(例)サラリーだけに依存する生活。

出典:『新明解国語辞典 第五版』三省堂 2003年版

 

 

父親 「お隣の長男さん、お前より年下なのに、もう将来の職業を決めているそうだ」

息子 「僕だってもう決めてるさ。ハタチだからね」

父親 「何だ、また哲学者か」

息子 「そんな妄言は吐かないよ。小学校の教師になるんだ。次代を担う青年の卵たちを育成するのさ。幼いうちに厳しく躾けておく方がいいからね。僕が教職課程を履修してるのは知ってるよね」

父親 「お前が、我が息子たるお前が、良い教育者になれるとは思えない。教員免許を取得するのは大いにけっこうだが、塾の講師のアルバイトぐらいにして、研究者になった方がいいと思うのだが」

息子 「僕に何を研究しろと言うの」

父親 「何って、お前は哲学科の学生ではないか。思想・徳目系だろう、得意分野は」

息子 「思想は実践しなきゃ意味ないんだ。わかってるでしょう。1000人に1人しか理解できない高邁な思想体系を、研究者としていくら突いても、何も出て来やしないさ」

父親 「諦観するには若過ぎる。古今東西、思想家として名を遺した人物はごまんといるのだ。一定の業績があり、しかも意外と知られていない人物を選べば、有意義な研究者生活を過ごせよう」

息子 「象牙の塔に閉じ籠れということ」

父親 「そう変な風に解釈されては困る。もっと素直になりなさい。お前はね、何かをコツコツ掘り下げるような生き方が向いているのだ。大学進学の際にそう言っただろう。ハタチと言えばもう大人だ。冷静に自己分析して、向き不向きを把握しておかねばならないと思うが」

息子 「平日は終電まで働いて、週末は接待ゴルフ。そんな人に僕の何がわかるというんだろう。自己分析が必要なのは自分じゃないの。サラリーマン業に30年もの時間を費やしてよかったのか否か、反省した方がいいよ」

父親 「反省は頻繁にしている。だが、後悔はしていない。今のまま行けば、お前は父親が一度もしたことのない後悔をすることになるだろう。わからないのか」

息子 「サラリーマンの呪詛なんて、耳にしたくないね」

 

 

父親 「教職課程を諦めたそうだな。母さんから聞いた」

息子 「諦めたんじゃないさ。選択肢から除外しただけだよ。そこいらの無気力青年どもと一緒にしないでほしいね」

父親 「小学校の教師になりたいのではないのか」

息子 「教師は世間が狭いからね。大志を抱く僕にはふさわしくないと気付いたんだ」

父親 「では聞こう。お前にふさわしい道とは何だ」

息子 「起業するんだよ。第二の楽天、第二のamazonを起こそうと決めたんだ。準備を始めたところだけどね」

父親 「やる前から二番手を目指しているとは。呆れてものも言えない。いいか、良く聞け。お前には向き不向きがあると言ってやったはずだが、およそ起業などというものは、お前に最も不向きな、最悪の選択だ。学究肌の人間が商売に手を出して成功した例はない。お前の好きな中江兆民がそうだろう。金なくして何事も出来難しと言って紙屋だの林業だのと進出しては失敗している」

息子 「それは僕が教えてあげた話だよ。彼には時勢を見る目がなかったんだね。僕には時代が読めるのさ。楽天やamazonの名前を挙げたのは、単なる例に過ぎない。新市場を創出してみせるから」

父親 「やめなさい。市場原理の何たるかも理解できていない者に何が出来る」

息子 「サラリーマンで終わる自分には思いもよらないことを、息子が成し遂げようとしてるんだよ。応援してくれとは言わないまでも、せめて、邪魔しないでほしいね」

父親 「自分がどれほど戯言を吐いているか、全くわかっていない。身の程知らずとはまさにお前のことを指すのだとわからんのか」

息子 「僕には見えるのさ。サラリーマンの狭い視野に入らない世界が」

 

 

父親 「一人旅だと。急に何を思い立ったのだ。起業はどうした」

息子 「起業するってことは、自分は実業家だけど、人を雇わなきゃならないでしょう。世の中に、またサラリーマンを増やすことになるって気付いたんだ。僕のやることじゃないってね」

父親 「だから旅に出るのか」

息子 「僕は常に自由でありたいんだ。ハタチを過ぎたから、もう自分に責任が持てる。世界を見てくるよ」

父親 「まあ、実業家を目指すよりはマシだが、それでは何の解決にもならない。問題を先送りするだけだ。旅先で頭を冷やして、それから自分に合った道を選ぶんだな」

息子 「わかってないね。もう僕は道を選んだのさ。自由人という道を。自由。サラリーマンの永遠の憧れ」

父親 「この世にあるのは、競争する自由だけだ。お前の言うことは、よくある現実逃避に過ぎない。わからんのか」

息子 「そろそろ行かなきゃ。さらばだ、サラリーマン殿」

(了)

 

本記事により、ひとつの疑問が抽出されます。題して、

サラリーマンになりたい人の気持ちがわかりません

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