自動販売機亡国論。これさえなければ良い国か
我が国の自動販売機普及率は世界一です。あの消費大国アメリカをずっと上回っているなんて。いったいいつからこんなことになったのでしょうか。狭い国土に所狭しと並ぶ邪魔な奴。こいつらが無くなるだけで、日本はずいぶん良くなるのでは。
自動販売機悪者論では何も解決しない
問う人 「人口1億2000万の我が国で、500万台もの自動販売機が稼働しているのですよ。異常ではございますまいか」
知る人 「君の論調は、自販機をなくしてしまえという方向のようだな。その理由は」
問う人 「通行の邪魔。電力無駄遣い。不要消費行動の扇動。人的コミュニケーション発達の阻害。飲酒喫煙の助長。安易な金儲け意識の蔓延。犯罪増加の一因。環境破壊。まだまだありますが」
知る人 「労働力を割けない場所や時間帯では、自販機は貴重な役割を果たしていると思うがね」
問う人 「飲食物に限って言えばですね、かつては自宅であらかじめ準備をしてから外出したものです。24時間いつでもどこでも金さえ出せば・・・っていう現状はおかしいと言わざるを得ません」
知る人 「労働者の勤務形態、勤務時間など、昔とはすっかり変わっている。自販機のプラス効果も認めるべきではないかね」
問う人 「人的資源の活用でじゅうぶんカバーできますよ。自販機の普及によって、わが国は堕落したのです」
知る人 「君の言い分を聞いていると、思い出すことがあるねえ。もう40年近く前のことだが、朝日新聞の記者だとかいう男性が、或る雑誌にこんな文章を載せていた。
日本人は堕落した。その原因はカラオケにあるのではないか。主婦が流行歌など口ずさみながら家事をしていると、かつては姑から『はしたないですよ』とたしなめられたものだ。
・・・君とどこが共通しているかわかるかな。この記者氏はだな、カラオケという一娯楽に過ぎんものを諸悪の根源の如く過大視しているだろう。堕落の過程で発生した風俗に過ぎないのにね。自販機が日本を堕落させたのではなく、堕落の過程で自販機という商品が生まれたのだよ」
問う人 「では何ですか、取るに足らない問題だと」
知る人 「熱くなるな。そうは言っておらん。何かを悪者扱いして事足れりとするのは大衆の悪い癖だ。それでは問題点が見えてこないぞ。消費行動全般のなかで検討を加えていかねばならんのだよ。よほど凶悪な犯罪でもない限り、一方的な悪などというものは存在しないのだ」
自動販売機乱立の理由とは
問う人 「自販機という物の歴史は古いのでしょうか」
知る人 「紀元前のエジプトで既に開発されていたとも聞くが、詳しいことは知らん。我が国では明治に入ってからだが、火が付いたのは1970年の大阪万博だよ。そして、この背景にはアメリカの超強力飲料のマーケティング政策がある。何だかわかるかね」
問う人 「コカコーラでしょう」
知る人 「その通り。自販機普及率とコカコーラの売り上げの伸びはほぼピッタリ足並みをそろえているからね。田舎の無人駅でも、コカコーラの自販機だけはしっかり置いてある。まあ、中身は怪しいがね。賞味期限ギリギリだったりするからなあ。田舎は要注意だ」
問う人 「500万台まで増えた最大の理由は何でしょうか」
知る人 「簡単に言ってしまえば、経済成長だな。便利になる=豊かになる、という認識が定着したからね。小銭を放り込めば好きなものが買えるということで、豊かさをより強く実感できたのだろうな。ただ、わが国の豊かさのお手本は言うまでもなくアメリカだ。米国で普及していれば、それはやがて日本に取り入れられる。ここには、社会全体の見取り図などは無い。それで世の中がどうなるかといった先の見通しは皆無と言ってよかろうね。常に追いつけ追い越せだ。科学研究だってそうだろう。欧米にキャッチアップするための技術開発なら、あっさり予算がつく。前人未到の分野は官僚たちがしり込みして、国家としての取り組みはなかなか進まん。既に21世紀だというのに、外圧刺激型の行動パターンはいまだに治っていない。困ったことだ」
問う人 「それも島国根性って奴ですよね」
知る人 「そう。それと、企業の努力の成果でもある。自販機製作を牽引したのは富士電機だが、重電メーカーの富士にとって、自販機は主力ではない。若手の反骨分子が奮起して、三菱や松下、三洋などの大手を打ち負かして成長したのだ。NHK【プロジェクトx】にでも出てきそうなエピソード満載だよ。高度成長期には珍しくないがね。低成長期に入っても、24時間スーパーやコンビニなど、競合相手には事欠かない状態が続いている。個人商店の苦境もその背景にはある。商品・サービスの普及というのは、いくところまでいかねば止まらんということだな」
自動販売機は必要か不要か
問う人 「冷静に考えますと、確かに、自販機のおかげで助かったということはありました」
知る人 「そうだろう。とりわけ夜間帯は大活躍だな。夜勤者にとっては実にありがたい味方だよ。だが、500万台は多過ぎる。人材と自販機の使い分けを工夫しなければなるまいね。今のように、人員をコスト要因としか考えない効率主義者が多くては、真剣に検討されないだろうな。日本人の幸せという観点が見事に欠落している。対話のあるところに平和ありだ。客と販売員の言葉のやり取りが、賢い消費者を育て、町を住みやすくするのだよ。どんなに時代が進んでも、人間が主、機械は従だからね。落語であるだろう。或る商店主が、こんなに儲かるなら人はいらないとばかり、売り子をどんどんクビにしていって、最後は自分も不要だと気付いて首をくくって死ぬという話さ。無人の街に自販機だけがポツンと残る。SFドラマの中だけにしたいものだな」
(了)