金曜。早帰り。何が<プレミアム>なのか
<プレミアム>という言葉にこめられた、淡い期待
問う人 「安易な消費喚起策に疑問を感じて、ご意見を伺いにまいりました」
知る人 「政府と経団連がプレミアム・フライデー導入に際して意図したところは、消費喚起だけではないようだが、君の疑問はその一点に絞られているようだね」
問う人 「ああだこうだと言ってますが、結局はそこへ行きつくものと思っています。僕は食品卸の営業マンなのですが、小売業のバイヤーさんたちは、消費者のサイフの紐をほどかせる、という言葉をよく使います。経団連のエライ人たちも、意識としては同レベルかなと」
知る人 「同じか、或いはそれ以下だろうな。とりわけ経団連というのは、今でも小売りや外食を軽く見るところがあるからね。君は知らんだろうが、かつて経団連5代目会長の稲山氏が、スーパーを産業として認めないような蔑視発言をしたことがあった。ダイエー創業者の中内功氏がこの発言にかみついたんだが、経団連の意識はこの頃からあまり変わっていないのかもしれん。小売りを蔑視するのは、消費者を軽視することと同じだ。時間ができれば金を使うだろう、くらいに思っているのだろうね」
問う人 「クーポン券をばらまくのと同じ発想ですね」
知る人 「その方がマシだろう。クーポン券は期限が過ぎれば無効になるから、確かに消費を煽ってはいるが、うまく使えばいい買い物ができる。一方、金曜の早帰りは、ただ早く仕事を終わらせるだけで、消費に結びつけるような工夫など何もない。 時間があるのだから金を使え では誰も見向きはせん。小学生でも思いつくお手軽アイデアだな」
問う人 「個人消費って、所得が増えなければ伸びませんよね。何で<プレミアム・フライデー>みたいな短絡的発想が生まれるのでしょうか」
知る人 「早く帰れる、ということが、昨今言われる<働き方改革>とも結びつき、大衆の支持を得られるとでも思ったのだろう。<プレミアム>という呼称は、最近の企業自己満足的表現で言えば、 上質な時間 を持ったような錯覚を消費者に起こさせようとした企業側の浅知恵が露呈したということだな」
問う人 「それこそ、企業側の錯覚ではございませんか」
知る人 「上層が潤えば下層も、ということだろう。何かにつけて 与えよう とする権力者の発想とも言えるね。まあ、何にしても長続きはせんよ」
早帰り➡前倒し消費。何と安易な発想
問う人 「時間があるのだから、金を使えと。この理屈で言えば、暇な人間ほど消費が盛んだということになりますね」
知る人 「最も時間のある高齢者は、定収入がない。時間も金もあるなんて人間は滅多にいないね。何ものにも代えがたい時間というものを、いとも簡単に換金してしまおうとするのは、 消費は美徳 という20世紀型の思考から抜け出せていない者が、わが国の上層にはまだまだ多いのだろうな。1960年代のアメリカはスーパーマーケットの勃興期だが、この頃大統領だったケネディ氏が、こんな発言をしている。有名な演説の中の一節だから、君も知ってるかもしれんが。
スーパーマーケットで1時間買い物した人の買い物かごの中身。これこそが我がアメリカの豊かさだ。
・・・ダイエー創業者の中内功氏他、日本の流通を牽引した大物経営者たちの多くがこのケネディの演説に感銘を受けている。右肩上がりの経済社会の中、たくさん稼ぐ➡たくさん使う というのが何より正しいとされた時代があった。<プレミアム・フライデー>はまさにそのような時代の残渣とも言えるだろう」
問う人 「お上の号令で、私たちが一斉に帰ると思っているとしたら、とんでもない誤認識ですね」
知る人 「民を 億兆 という言葉で見下す支配者の視点がいまだ生きていることの証だな。個性を尊重せず、群衆としてしか見ていない。問題点は主にふたつだ。
1)金曜を週末と見做す横並び発想:業界・業種・職種などの多様性に対する理解の欠如。
2)徳川時代の愚民政策の名残り:収穫高にかかわらず納めさせる昔の年貢と、稼ぎにかかわらず消費させる現代の金銭。これらは、時を超えてつながっている。納税額が少ないのだから、できるだけ浪費して経済活性化にいくらかでも貢献せよ、という、強圧的な消費促進奨励姿勢。
・・・1)2)に共通しているのは、お上の号令で国民が動くという、上層部の錯覚だ。市民革命を経験していない我が国に真の民主主義は育っていない、とはよく言われることだが、何よりこれは、為政者側の願望でもあるのだな。多数の民が少数の権力者の言いなりになることで、国は治められる。いくら民衆の数が多くとも、それを主役にはしない。多ければ多いほど、黙って金を使ってくれた方が権力者には好都合だからね」
問う人 「貢納か、それとも浪費か。ずいぶん乱暴な二択ですね」
需要喚起の正しい方法とは
知る人 「君の批判するところは、安易な消費喚起策という点だ。ここに論点を絞り、安易でない消費喚起策について見ていくことにしよう」
問う人 「安易でない、というのは、近視眼的でないってことでしょうか」
知る人 「そうだ。目先の銭金の動きに囚われるのではなく、社会を円滑に回す潤滑油としての役割を金に与えるのだ。需要には3段階ある。
1)継続 2)発展 3)進化
まず1)だが、これは要するにだ、<プレミアム・フライデー>のような、足並み揃わず後続も期待できない単発企画ではなく、毎年必ず発生する需要に対応することだな。典型的な例が 誕生日 だろうね。今健在な人は言うまでもなく、既に亡くなった方であっても、生誕○○年などと銘打って企画催事が組まれるのは珍しくもなかろう。人により贈り物に対する喜び方は全く違うから、およそ無数のプレゼント需要がある。そればかりでなく、人の生まれた日を意識することが、生命への畏敬の念 を育むことにつながっていくとも考えられよう」
問う人 「毎年同じ方が喜ばれたり、逆に、毎年違う物でないとダメだったり、相手によりけりですよね」
知る人 「そうすることで、他人への配慮も深まっていく。社会の発展は、他人への関心が原動力となるものだからね。続いて2)だ。例えば読書という趣味を取り上げてみよう。
第1ステップ:本を借りる
第2ステップ:古書を買う
第3ステップ:新品を買う
第4ステップ:前3ステップで得た知識を、さらに深める・・・体系的学習
第5ステップ:さらに歩をすすめ、社会に役立つ技能へと昇華させる・・・実践的学習
・・・このように、ただ漫然と本を読むのではなく、知識を深めていくことで、自分自身の自己啓発につながり、結果として、書籍流通や教育産業の動きを活発にするという経済効果に発展する」
問う人 「賢い消費者が増えれば、世の中も変わりますね」
知る人 「そこだ。賢い消費者は、すなわち賢い投資者であるべきなんだな。一方通行の片道消費を必要最小限にとどめ、自己を高め、所属する団体や地域、業界などに影響を与えるような、目に見えないリターンのある投資ができるようでなければ、金を社会の潤滑油として扱うことはできん。効果的に金が動けば、それに伴ってヒト・モノも必ず動く。昔から言われる通り、ヒト・モノ・カネの3要素を正常に機能させることで、社会は正しく回っていく。自分だけ儲けようという狭い根性の輩が経済活動の中心にいると、理想的な景気循環も起こらないとうわけだ。おわかりかな」
問う人 「説教臭い言い方ではなく、中期的或いは長期的に考えれば、全体の利益を優先した方が、結局は自分も得をするということになりますよね」
知る人 「世の中はよくできたものでね、他人の利益を優先した方が個人的にも栄えるのだな。つまり、まっとうな商いとは、どれだけ他人を喜ばせたか、勝ち得た満足度の高さを競う行為と言えるかもしれん。他人の満足度が高いほど自分の喜びも大きいのだから、こんなにやりがいある充実した世界は他にないかもしれんね」
問う人 「消費という、雲散霧消するようなやり方ではなく、世の中に油を指すつもりでお金を使うべきなのですね」
知る人 「そうすることで、自分自身も油のように社会に滲み出ていければ理想的だね。<プレミアム・フライデー>で動いた金など、滲み出た油どころか、一陣の風で吹き飛ぶホコリぐらいなものだ」
問う人 「変化を求める前に、まずは日常からですね。経済活動の常道に還る、とでも言いましょうか」
知る人 「御用聞きの精神に立ち返るべきなのだろうな。強圧的消費とは真逆の姿勢だよ。そうすれば、金曜ばかりでなく、月曜から日曜までまんべんなく商機が潜んでいるのに気づくかもしれん」
問う人 「毎日がプレミアム、ですか」
知る人 「経団連の顔を立てて言えば、そうなるかな」
(了)
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