プレミアム=付加価値と考える。さて何ができるか
<プレミアム>な対象物の価値について
悩む人 「プレミアム・フライデーなんて、目先しか見ていない人たちの浅知恵に過ぎないと思っていたんですけど、いろいろ考えているうちに、一過性の現象として片づけるには惜しい気がしてきてしまったんです。ワタシって変ですよね」
由紀夫 「家事育児の妨げにさえならなければ、いくら考えてもいいと思いますよ。だいたい、消費喚起策などと言われているものに深い思想的背景はありません。ただ、多少なりとも大衆が反応した以上、そこに何かあると目をつけるのは意味のないことではないでしょう。好奇心旺盛な若奥さんらしい視点ですね」
悩む人 「お金を使おうとした人がいたということは、シャレではなく本当に<プレミアム>な<フライデー>にしようという思いがあったのでしょうか。それとも、ただ消費行動の目先をちょっと変えてみたかっただけなのかしら」
由紀夫 「どちらもアリでしょうね。そもそもお金というのは、不動産や耐久消費財、或いは高額な宝飾品などでなければ、そう深く思案した末に使うものではありません。ましてたまの早帰りの午後ともなれば、つい買ってしまった、立ち寄って使ってしまった、といった程度で終わりでしょう。商品・サービスを供給する側も、軽いノリとまでは言いませんが、サイフの紐を緩めてくれたら儲けものぐらいの姿勢で取り組んでいるように見えますね。父の日母の日や歳末商戦のような真剣味は感じられません。奥さんはどう感じますか」
悩む人 「同感です。それなのに捨てがたいものを感じてしまうのは、なぜなんでしょうね」
由紀夫 「プレミアムという、おそらくたいして考えもせず付けられた名称に、あなたはある種の意味を見て取ったのでしょう。 プレミアム=付加価値 と考えれば、考察の対象としては悪くないかもしれません。まずはこのあたりから始めてみますか」
悩む人 「提供される商品やサービスに含まれる価値、ということでしょうか」
由紀夫 「そうです。それを利用する消費者のことはひとまず置いておくとして、商品・サービス群の中での相対的な付加価値という観点で考えていきましょうか」
悩む人 「いつも売っている物と同じであれば、わざわざ金曜の午後にお金を使う意味はございませんよね。何か魅力がなければ。ウチの夫は小売業相手の営業マンなんですけど、小売業のバイヤーさんたちに、プレミアム・フライデーに賭ける意気込みのようなものを感じないと言っています」
由紀夫 「ふって湧いたような消費喚起策に過ぎませんからね。何年も何年もかけ、満を持して離陸を果たした商戦ではありませんから、供給側もたいして勉強していないでしょうし、切羽詰まった窮余の策でもないから必死でもない、要するに、やっつけ仕事なのですよ。ただ、中には嗅覚の鋭い本物の商人もいますから、金曜午後の市場は全くの死に体とも言い切れません。あなたが捨て難いものを感じたのは、おそらく、偽物の溢れる市場にわずかな本物の姿を認めたからではありませんか」
悩む人 「いえいえ、とてもそこまで言われるほどの直観も洞察力も、ワタシにはないです。ただ、何でも商機ととらえる鋭敏な感性の商人さんもいるはずですから、そういうものを見分けることはできないかしら、って思ったんですね」
由紀夫 「商品サービスは無数にありますから、単純な方程式にあてはめられるものではないですが、付加価値の高い商品サービスに共通の特長というものはあるでしょうね。どこの商業施設も、駅前などでゲリラ的に出没する露天商と違って、いわゆるリピーター=継続利用が見込めそうな固定客を確保したいと考えているはずです。売り逃げ同然の短期催事ではないですからね。通勤経路上の商業施設であれば、毎日必ずそばを通るわけですから、続けて買ってくれるような工夫が必要です。つまり、継続利用を見込んだ販売姿勢かどうか、というのが、プレミアムな商いをしているか否かの評価の分かれ目と言えましょう。評価基準として、以下の視点が有効と私は考えます。
1)まとめ買いのような、煽り姿勢ではないこと
2)続けて利用できる程度の、無理のない価格設定がされていること
3)著名人の意向に左右されるような、時事的商法ではないこと
4)何らかの社会的影響を追い風とした便乗商法ではないこと
5)食品なら<味>、衣服なら<着心地>といったように、何らかの快適さを追求したものであること
・・・これらすべて備えている必要はないですが、ひとつもあてはまるものがないとしたら、<プレミアム>という呼称にふさわしい商いとはいえないでしょうね」
悩む人 「要するに、お金を払っただけのことはある、って思ってもらえるかどうか、ですよね」
プレミアムな商品・サービスを利用する消費行動自体の価値について
由紀夫 「商品・サービスについてはひととおり考えました。次に、それを購入・利用する消費者の消費行動をみていくとしましょう」
悩む人 「消費者の行動をみると申しますのは、要するに、賢く選んでいるか、といった観点からの考察でしょうか」
由紀夫 「上に挙げた5つの条件は、良識ある消費者ならわかるはずですね。ここで私が問題にしたいのは、消費者が商品・サービスを理解しているか否かではなく、行動そのものに重点を置いてみたいのです。つまりですね、消費行動を、同じだけの時間を費やす消費以外の行動と比較した場合、価値ある行動と言えるのかどうかです」
悩む人 「消費行動を仮に1時間としたら、同じ1時間で他に何ができるか、という観点ですね」
由紀夫 「そうです。時間との相対的評価となります。先ほどの考察が、商品・サービスのモノとしての値打ちを測る、いわば<使用価値>であったのに対し、今度は時間との<交換価値>だと言えましょう。かつてケネディが演説で言った如く、1時間の買い物でカゴにはいった商品がアメリカの豊かさだとすれば、そのカゴの中身こそ、当時のアメリカ人にとっての1時間に相当する価値だということになりますね。では、現代日本において、金曜午後の買い物は時間との交換価値を持ち得るほど、それこそ<プレミアム>なものなのかどうか」
悩む人 「いいモノを手に入れたとしても、そのために莫大な時間を浪費したのでは、額面通りには受け取れませんよね」
由紀夫 「例えば若奥さん、あなたの場合を考えてみましょう。お子さんがスヤスヤお休みになっている間に買い物に出たとします。食材でもオモチャでも何でもいいですが、お買い得品を手に入れたと。でも、買い物中にお子さんが目を覚まし、泣きわめいてそこらじゅうひっくり返してしまい、帰宅して見ると家の中は惨憺たる状況、お子さんの機嫌を直させるにも夜中までかかった・・・などということになれば、買った商品の評価は厳しいものにならざるを得ますまい」
悩む人 「Time is Money と申しますけれども、時間と釣り合うほどのお金の使い方が果たしてできているのか、と考えますと、首をかしげるしかないような場合も少なくないかもしれません」
由紀夫 「時給労働をなさってる方であれば、自身の時給に換算してみればわかりやすいでしょうね。時給1000円で働いている人が、100円の付加価値を持つ商品の購入に1時間かけているようでは、お話にならないですからね」
悩む人 「つまり、<プレミアム・フライデー>に要した時間と使ったお金が釣り合うのか否か、ですね」
由紀夫 「そう。プレミアムな時間を過ごせたかどうか、と言い換えてもいいかもしれないですがね」
消費者本人の価値について
悩む人 「商品・サービスの価値と、それを購入する場合の購買行動の価値について考えました。あとは何を考えればいいでしょうね」
由紀夫 「購入者自身の価値ですね。もちろん、値打ちのある人物かどうか、といった主観的なことではありません。購買行動と、買った商品・サービスが、その人自身をどれほど高めてくれたか。ひらたく言えば、お金を使ったことでどの程度賢くなれたか、と言えましょうか」
悩む人 「おっしゃることと違うかもしれないですけど、確かに、お金って、使ってみてはじめてわかることが多いですものね」
由紀夫 「金融工学でノーベル賞を受賞した学者が、先物取引で軒並み大損したという話が実際にあります。理屈ではわかっていても、実践となれば勝手が違う。これは、あらゆる分野にあてはまるでしょうね」
悩む人 「失敗してはじめてわかった、という場合もあるでしょうけど」
由紀夫 「買い物に失敗すれば、そのこと自体が教訓となり、次の購買行動などに生かせるでしょう。しかし、手に入れた教訓と、失われた時間と金。これらが等しく釣り合うことなどありますまい。失敗から学ぶのは大切ではあるにしても、それは転んでもタダでは起きぬという粘り腰の現れであってですね、本来なら経験しなくて済んだことですよ。ネガティブをポジティブに転換するのに必要なエネルギーは相当なものですからね。結果オーライではなく、プロセス重視の姿勢を失いたくないものです」
悩む人 「商品買ったら賢くなれた、っていう感じでしょうか」
由紀夫 「そうですね、投資に近い消費 とでも申しますか。金融商品のように、投下資金に対してのリターン、という明確に数値化できることばかりでなくて、暗雲たれこめる世の中を着実に前進できる道しるべみたいな消費行動となれば、その人自身の価値も高まったと言えるでしょうね」
悩む人 「自分の価値を高める消費、ですね。そのポイントはどのあたりにありますか」
由紀夫 「消費行動に限らず言えることだと思うのですが、以下の5点でしょう。
1)得意分野を生かす消費行動
2)苦手か、或いはやや怪しい分野を強化できる消費行動
3)未知の分野に踏み込む消費行動
4)社会参加へとつながる消費行動
5)問題解決につながる消費行動
・・・はじめのふたつは説明不要でしょう。得意をより得意にし、苦手を克服することです。3)は、知らなかった世界に挑戦する。4)は、昨今の例で言えばふるさと納税がわかりやすいでしょうね。5)は、貧困者の援助、マイノリティ支援、或いはアルコール依存症者を減らすための活動やエイズ基金等々、市場原理の枠外で苦しんでいる人々への支援に、消費行動が結びつくことです。言い換えれば、自己啓発や資格取得の勉強、ボランティア活動などによる自分へのプラス効果と同等の効果を、消費行動で自分にもたらすことができれば、それは消費者自身の価値を高める消費行動であったと言えますね」
悩む人 「ワタシもまったく同感です。でも、たかが、と言うと関係者の皆さんに失礼かもしれないですけど、プレミアム・フライデー程度の気まぐれ消費に、そこまで期待できるでしょうか」
由紀夫 「無理でしょう。今のままで行けば、<プレミアム・フライデー>は消滅する他ありますまい。かつての省エネルックのようにね」
悩む人 「関係各位の奮起に期待する、ってところですね」
由紀夫 「奮起は必要でしょうね。でも、私は期待はしていません。四季折々の風物を尊重したような、地に足をつけた地道な販売促進でなければ、長期的な景気浮揚策としては機能しないでしょう。今の金曜午後対策であれば、休肝日にノンアルコール飲料を売る方がまだマシというものです。万策の中から、ほんのいくつかだけが、次世代に受け継がれていくのでしょう。金曜午後に固執せず、矢継ぎ早に景気対策を打ち出していけば、いつかはホンモノが考案され、生き残っていくのではないか。私はそう考えています」
悩む人 「ゴールデン・ウィークだって、定着には時間がかかったそうですものね」
由紀夫 「プレミアム・フライデーなどという軽薄な呼称がすっかり忘れ去られた頃、何らかの動きが始まるのかもしれないですね。ほとぼりがさめてみてようやく明るみに出る、ということも世の中には少なくないですから」
悩む人 「気長に待とうかしら」
由紀夫 「せっかく気付いたのですから、奥さん自身が世の中に働きかけてみてはいかがですか。シロウトが指をくわえて専門家を待つ時代は終わったのですからね」
悩む人 「実は、何かできそうな気がするんです。帰ったら、夫に相談してみます」
由紀夫 「金曜午後消費で失敗した連中と、同じ轍を踏まないようにね」
悩む人 「価値ある商品を、価値ある人へ、という精神で」
由紀夫 「モノ、コト、ヒトの間で価値の相互連鎖が繰り返されれば、とてつもない市場の誕生も夢ではないでしょう」
悩む人 「思い立ったが吉日、ですね」
(了)