稼げなければ使うな

【まもなく四十代も終わろうというのに、いまだに年収300万円台です。娘が二人いるのですが、どちらも受験が近く、これから大金が必要になります。安月給というより低所得ですよね、これでは。生きるってしんどいです。】

 

 

知る人「安月給のグチを聞いてもらいたいのか、それとも稼げる仕事を紹介してほしいのか」

問う人「いやあ、このトシで転職なんてごめんですね。ただ、もうちょっと何とかならないかなと」

知る人「もうちょっとというのは、稼ぎが増えないかということかね」

問う人「そうです」

知る人「それは君の努力次第だろう。私に何を教えろというのかね」

問う人「ですからその、努力、ですね。何をどう努力すればいいのか・・・」

知る人「ううん、四十代末の妻子持ちとは思えぬ質問だな。新卒者でも言わないぞ、そんなことは」

問う人「すいません、無能なもので」

知る人「この世に無能な人間などおらぬ。誰にも何かの能力があるのだよ。君の場合、それがまったく活用できていない。なぜだかわかるかね」

問う人「わかりませんが」

知る人「開き直ったような口をきくな。開き直りというのはだな、できることをすべてやり尽した者にだけ許される態度なのだ。現状を改善するために、いったい今までどんな工夫や努力をしてきたのか、思い出せるだけ言ってみろ」

問う人「セールスマンとして、成績を上げるためにがんばりました」

知る人「だから何をどうがんばったのだ」

問う人「同僚より早く出勤して、一件でも多く得意先をまわり、帰宅してからはセールストークの練習をしました」

知る人「どのくらいの期間、それをやったのかね」

問う人「ええと、この時期からこの時期っていうんじゃなくてですね、それが必要なときにやるといいますか、まあ、つまり、断続的にというのか・・・」

知る人「まあおそらく、尻に火がついたときにだけ、思い出したようにバタバタ慌てていたのだろうな。目に見えるよ、君のうろたえる姿が」

問う人「やり方が甘いと」

知る人「今君が言ったことはだな、プロのセールスマンなら誰でもやることだ。人並みのことしかしなければ、良くて人並み、だいたいが並み以下で終わる。他人と同じことしかしないというのは、世間の人垣に埋もれようとしているのと同じだからね。その程度で、よくまあこの厳しいご時勢を生き延びてこられたものだ。運のいい男だな」

問う人「運も実力のうちだなんていうじゃありませんか」

知る人「それも最大限努力し尽した者にしか言えない言葉だよ。丸腰で戦場に放り出されて、たまたま無傷で帰って来れたようなものだ。次の出陣では必ず実弾を食らうに違いない。そうなりたくなければ、働き盛りのプライドを捨てて、一年生のつもりでやり直すのだな。必死になれ。仕事を好きになれ。定年過ぎるまで遊ぶな。それぞれ、具体的な方法は自分で探しなさい。ネット情報が飛び交う至れり尽くせりの21世紀に生きているのだからな。情報検索も実力のうちだ」

問う人「はあ、何とかやってみます」

知る人「ところで君、酒とたばこは」

問う人「どっちもやりますが」

知る人「缶コーヒーは好きか」

問う人「毎日飲んでます」

知る人「コンビニで買い物するかね」

問う人「大手コンビニのポイントカードは全部持ってます」

知る人「小遣い帳はつけているかね」

問う人「つけてません」

知る人「なるほど。いいか、金をのこす手段は三つしかない。収入を増やす・支出を減らす・この両方を同時にやる。君は三つのどれにも手を付けておらぬ。稼ぎが悪いのなら、使わなければいいのだ。所得を増やす努力を何もしない怠け者に限って、安月給だのサラリーマンの悲哀だのと、きいたふうな口をきくのだな。稼げないのなら、金を使わぬ努力をせよ。利殖するにしても、元手がなければ話にならぬ。百円玉一枚ぐらい、と君は軽く考えているだろうが、さにあらずだ。積み重ねの恐さを知るがいい。無駄遣いの積み重ねが、いまのていたらくを招いたのだ。節約せよ。頭がおかしくなるほど、支出を気にせよ。ギリギリまで節約しえたとき初めて、もっと稼ごうという気になるだろう。要は生活者意識が欠けているのだな。生きるのだ。暮らすのだ。普通に。当たり前にね。君のすべてはそれから始まると言ってよかろう。今、サイフにいくら入っているのかわかっているかね」

問う人「サイフの中なんて、数えたことありません」

知る人「実にタイムリーな迷セリフだ」

(了)

1799字。60分。

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