肥満は悪か
【女房に、痩せろ痩せろとうるさく言われて困っています。まるで、デブが社会悪であるかのように罵るのですね。ただ太っているだけで、病気も何もないのに。体型だけで人は評価できないと思うのですが】
問う人「あ、あの、あらためてお話しますとですね、僕は35歳、身長170cm、体重80kgです。スポーツなどの経験はありません」
知る人「子供はいるのかね」
問う人「はあ、息子がひとり」
知る人「結婚前も今のような体型だったのかな」
問う人「ほとんど変わってないです」
知る人「痩せようとしたことは」
問う人「ないです。特に困ることもなかったので」
知る人「奥さんの体型は」
問う人「太ってもいないし、痩せてもいないです」
知る人「奥さんは、元々、健康志向が強かった人なのかな」
問う人「そうですね。独身の頃から、脂っこいものは控えろとか、甘いものはほどほどにとか、いろいろ言われていましたねえ」
知る人「結婚して何年めかな」
問う人「5年めに入りました」
知る人「なるほど。まあ、奥さんが君に対してどんな言い方をしたのかは、この際おいておくとしよう。デブが社会悪であるかのように、ということだが、もし太っているのが悪ならば、世の中は悪人だらけだ。君のまわりを見渡してみなさい。往来、通勤電車の中、職場など、肥満者を目にしないで済む場所などなかろう」
問う人「そうでしょう。太っているのは、いまや当たり前と言ってもいいくらいだと思うのですが」
知る人「それは言い過ぎだな。まだ30代だからいいが、もう少し年をくってくると、いろいろと不具合の兆候が出てくるかもしれん。標準体型と肥満者と、病気のリスクがどれだけ違うものか、あとで検索して調べてごらん。病気だけではない。高齢になれば、重い体が膝などへの負担となり、日常生活動作(いわゆるADL)のレベルが低下する。老人介護職の人たちに聞いてみればわかるがね、重い老人の身体介助には苦労させられているよ。ふつうは一人で済む作業を二人、或いは三人でやらなければならない。寝たきりになっても、ベッドの上で転がすだけで一苦労だ。その他その他、健康上、生活上の不便は実に多い」
問う人「でも、太っていて長生きした人だっているでしょう」
知る人「どんなことにも例外はある。極悪犯人が天寿をまっとうすることだってあるのだからな。肥満大国と言われているアメリカでは、BMI指数30近い方が長生きできるなどと、自分たちに好都合なデータを公表しているがね、完全に帰納的な方法でない限り、標準値などいくらでも操作できるからね。アメリカという国は、太る食材を売って儲け、痩せるサービスを提供して儲け、痩せる医療でさらに儲けている<市場主義大国>だ。言ってみれば、平日に捨てたゴミを週末に拾っているようなものなのだよ。掘っては埋める年度末公共工事みたいと言ってもいいかな。ミクロな生産を、マクロな消費でかき消し続けている。他人の目で見れば、実にユニークな国だな。そして、わが国はアメリカに倣っているのだ」
問う人「単に外見だけの問題ではないと」
知る人「そう。普通に考えて見よ。太るということはだな、体内に余分なエネルギーを溜めこんだ状態だ。そのエネルギーは何だ、そこらに余っていたのか、違うね、他人が口にするはずのものであったり、災害に備えて備蓄するべきものだったかもしれぬ。バカにされそうなくらい単純に言ってしまえば、先進各国が食べ過ぎをやめただけで、世界の食糧問題は解決するかもしれんのだ。南北格差については、自分で検索してみなさい。今は便利な時代だ、ちょっと指を動かすだけでいくらでも情報が手に入るからな」
問う人「つまり、肥満は食糧事情から言えば悪、健康面からも悪ということでしょうか」
知る人「その通り。もちろん、先進国の中でも、低所得家庭の児童の肥満などの社会的要因もある。これはこれで深刻な問題だ。貧しいから、高カロリー低ビタミン低ミネラルのジャンクフードしか食べられない。だから太る。しかし多くの肥満者は、怠惰が主な要因なのだ。テレビ番組を見てみるがいい。どこの局も、食に関する企画ばかりだ。怠惰な消費者にとって、テレビに煽られるのは好都合なのだろうな。昔から言うだろう、『衣食足りて礼節を知る』と。その意味で言えばだな、わが国はとうに礼節時代に入っていなければならないのだ、ところが現実はどうだ。いつまでたっても我欲を貪る恥知らずな国民が、いくらでも湧いて出てくるではないか。食欲は人間の本能だとオウム返しのように言う<知識人>もいるが、今のわが国民のそれは、本能の枠から大幅にはみ出していると言わねばならぬ。インド独立に生涯をささげたガンジーは、こんな言葉を遺している。
不必要なものを手にするのは、他人から盗んだのと同じだ。
・・・わが国民の多くは、意識していなくとも、盗人なのだよ」
問う人「あの、肥満と容姿について全くご意見がないようですが」
知る人「外見は個人の好みでよい。太っているのが好きなら、いくらでも太るがよかろう。痩せている方が、既製服で間に合うなど、経済的にもメリット大だが、ここでそんなことは問わぬ。これ以上、使えない国民が増えてはならぬ。自覚を持て。動ける体、長く使える体になって、堕落と闘うのだ」
(了)
2153字。70分。