職業に貴賤あり
【職安に一年近く通い続け、ようやく仕事が決まりました。家庭ゴミ収集業です。学生時代の友人にそう話すと、母校の名を汚すと罵られました。モノ循環の最後の役割を担うまっとうな職業なのに・・・・・】
知る人「君は新卒かな」
問う人「いえ、大学を出ていちどは就職しました。大型二種を持っていて、車の運転が好きなので、バスの運転手になったんです。でも、そこが大手電鉄系に吸収され、居づらくなってやめました。今年で30歳になります。まだ独身です」
知る人「職安に一年近く通ったそうだが、君の年齢なら、そこまで時間をかけなくても、仕事ぐらいあっただろう。よほど条件を限定したのかな」
問う人「最初は、やはり、車を運転できる仕事に限って探したんです。でも、ネット通販全盛の今、物流業って馬車馬みたいに働かされてますよね。それじゃ、何だか職業に誇りを持てない気がしまして。もちろん他にもいろいろありましたけど、あまり気が進まず、事務系でもいいやって守備範囲広げたんです。でもダメで、そうしているうちに、職安のカウンセラーさんとも気心が知れて来て、車運転できる求人があるよって紹介されたのが、今の仕事ってわけです」
知る人「働き始めて、どのくらいになるのかな」
問う人「半年になります」
知る人「これからも、ずっと続けられそうかい」
問う人「ゴミ屋、と言うと悪く聞こえますけど、やってみるとなかなかやりがいありますね。キツイですよ、確かに。お休みも少ないし。でも、毎日いい汗かけて楽しいですね」
知る人「なるほど。ということはだ、君の質問は、ゴミ収集業を蔑む友人ひいては世間への反発がその根底にあるとみていいね」
問う人「おっしゃる通りです」
知る人「物流業者は馬車馬の如く、と言ったね。そこにヒントがあるだろうな。ネット通販のユーザーは、スマホなどの携帯端末から注文する場合が多い。君もしていると思うが、何せ指一本でできるラクな操作だ。それを受注する販売サイト側にしても、猛烈に忙しいだろうが、業務自体はオフィスワークが中心だな。だが、在庫を抱え、それを車に乗せる業者、さらにそれをユーザーに届ける業者となると、やっていることは今も昔もそう大きくは変わらぬ。確かに、ピッキングの自動化その他さまざまな効率化が進んではいるが、荷物の積み込みや運搬は人がやるしかない」
問う人「そうなんですよね。同じ労働の汗と言っても、汗の種類が違うんですよ」
知る人「いい表現だな。まったく同感だ。君は<モノ循環>と言ったが、そう、循環の先端と末端は常に馬車馬であったと言えるね。君の仕事はいわゆる<静脈物流>と言われる分野だ。老廃物を回収していくという、実に地味な役割だね。いつだったかな、NHKテレビで、保健所の不要ペット回収・処分の実態を放映したことがあった。高額で仕入れた血統書付きの犬や猫などをトラックに積んで運び、ある部屋に閉じ込めて、そこにガスを充満させて殺すんだ。ユダヤ人には申し訳ないが、戦前ドイツのホロコーストを思わせる衝撃的映像だったな。まあ、生き物ですら、不要になればこのように容赦なく殺害する。しかし、捨てた側、つまりかつての飼い主たちにそのような悲惨な最期は知らされないだろうな。彼らは既に、次の愛玩対象を探しているに違いない。モノの流れもこれと同じだよ。上流に居る者は決して手を汚さぬ。下流はひたすら手を汚す。そして、下から上はよく見えるが、上から下は見えないし、おそらく見ようともせぬ」
問う人「僕の仕事は、その、<下>ですね。下流の典型だなあ」
知る人「そうだな。私もかつて、ゴミ収集をやったことがある。感染性医療廃棄物だがね。件数を増やそうと、多くの診療所などを回ったが、ほとんど門前払いだった。中には、私の名刺を、まるでオモチャの手裏剣か何かのように投げ返してきたり、収集の仕組みを書いた説明書を私の目の前で破ってゴミ箱にたたきこんだりする医師もいた。家庭ゴミもこんな感じだろうな。生活すれば必ず不要物が出るのだから、誰かがそれを集めて処分しなければならぬ。こういった仕組みがなかった昔は河や水路に平然と投棄され、路上にも放置されて、街は常に異臭を放っていたらしいね。そんな時代に逆戻りせぬために、君のような職業人が必要なわけだ」
問う人「でも、誰もそう思ってくれないですね。ゴミ屋を賤しい仕事だと」
知る人「そうだ。今も昔も、職業にははっきりと貴賤があるのだよ。商品を買い、サービスを利用する側は、それがどう形成されて自分の手元に来るのかなど、どうでもいいことだからね。牛肉や豚肉を見てみるがいい。一部の菜食家や信仰上の理由のある者以外、誰もが肉を食べるだろう。だが、牛豚を殺して解体する業者のことは、まったく意識の外にしかない。焼肉屋を経営したいと思うことはあっても、と殺業者になりたがる者など皆無と言ってよい。ゴミにしてもそうだよ。リサイクルシステムや、再生可能素材の開発に頭を使う者はいても、それを収集するというもっともイヤな役割は皆避けて通るからな。クサイものに蓋をするのが、今の日本国の特徴なのだよ」
問う人「そういう姿勢って、結局、問題の先送りを助長するだけで、世の中のためにならないですよねえ」
知る人「その通り。国債を乱発して借金を増やし続ける現状と、みごとに繋がっていると言わねばならぬ。どんな職業にも果敢に挑戦して、社会の矛盾を肌で体験する者が増えなければ、真の改革はできんだろうな。君は白い眼で見られたりして辛かろうが、社会でもっとも重要な聖職についているのだ。神父に勝る高潔な職業人だよ。私たち日本人には、お上に頼ったり、英雄を待ち望んだりする受け身の姿勢が常に潜んでいる。これでは厳しい国際社会を生き抜くことはできぬ。少数の強者によるトップダウンではなく、油のように滲み出る庶民活動の集積によるボトムアップでなければ、世の中は何も変わらんのだ」
問う人「誇り高きゴミ屋であれ、と」
知る人「そう。ゴミ屋を蔑むのなら、今後一切ゴミを捨てるなと言ってやれ。黙々と掃除する人間がいなければ、世の中キレイにならんのだ、とね」
(了)
2504字。90分。