働けど、働けど、すぐ辞める。
【衣料品メーカーの採用担当者です。今に始まったことではないですが、新卒の若者を採用しても一、二年もすれば辞めてしまうので困っています。同業他社でも似たような状況だとか。昨今の風潮と割り切るしかないのでしょうか】
知る人「何人採用して、何人辞めるのかな」
問う人「この春は八人採用して、早くもひとり辞めました。去年も同じく八人で、今のところ三人いなくなりました。一昨年メンバーは七人中、三人しか残っていません」
知る人「多過ぎるとは言わぬが、少なくはないな。率で言えば、新興の外食屋並みだ。採用担当としては、何が原因だと思うね」
問う人「そうですねえ、ウチは社員数百人足らずのオーナー企業なので、最終ジャッジはボスなんです。ですから、まあ、会社では言えませんが、オーナーでも若者の適性を見抜けなかったということでしょうか」
知る人「採用に関わった社員全員の責任だろう。非を上に預け、是をわがものとしたがるのは、小ずるい雇われ人根性の表れだよ。責任の重さに違いはあっても、君には君の責任があるだろう。そう思わんかね」
問う人「はあ、おっしゃる通りです。失礼しました」
知る人「まあよかろう。で、何だ、若者がすぐ辞めるのは昨今の風潮だと割り切るしかないのか、という質問だが、逆に問う。もしそうでなければ、何が原因だと思うね」
問う人「やはり、人選に誤りがあったとしか言えないのではないでしょうか」
知る人「つまり、当たり・外れで言えば、外れだったと」
問う人「端的に表現するとそうですね」
知る人「来年に当たりを手にするには、厳正なる人選に徹するしかないということになるかな」
問う人「そうですね。それしかないと思います」
知る人「それなら、もう答えは出ているではないか。ここへ何を聞きに来たのかね」
問う人「はあ、その、何を基準にと言いますか、どこに注目して人を選ぶべきか、決め手を欠いておりまして」
知る人「それを教えてくれというわけだね」
問う人「はい、よろしくお願いします」
知る人「まあ、その姿勢では、これからも採用➡退社➡採用➡退社、の繰り返しだな。そうこうしているうちに、ベテランと中堅だけになり、企業のDNAを受け継ぐ若者が途絶えて衰退していくだろう。君ら採用担当は、若者の軟弱さを嘆き、営業など他部門は人事の目はフシ穴だと怒る。みんなで責任のなすり合いをしているうちに、船はジリジリと沈んでいく・・・まるで日本国の縮図だな」
問う人「では、どうすればいいのですか」
知る人「企業にとって必要な人数に、ここ数年の離職率を掛け合わせて、採用数を決めるのだよ。八人欲しいとしたらだな、半分辞めると仮定して十六名採るのだ。そうすれば欲しい数が残るかもしれん」
問う人「それはつまり、若者は辞めるものだという前提で動けということですよね。てことはですね、毎年だいたい同レベルの者しか集まらないだろうという見通しをたてろと」
知る人「優秀な若者などいないと思っていた方がよかろうね。<並み>を採って<上>に育てるしかないだろう」
問う人「はあ、ですから、そこまで持たないのですよ。だからこうして質問に来てるのでして」
知る人「いつの時代も、毅然とした立派な社会人に若者はついて行く。君ら採用担当者の態度に、若者に阿る姿勢と高飛車な姿勢の両方が見て取れるに違いない。バカな若者でも、そんなニオイは感じるのだよ。いずれも、あとをついていくにふさわしくない、信頼に足らぬ先輩社会人だ。『このオジサン(或いはオバサン)、かっこよくはないけど、何かあるぞ・・・』と思わせるような人格者がいないのだな、君のところには。いいかね、人間の持つ興味・関心のなかで最も強力なのは、人に対するそれだ。考えても見ろ、学生ごときに企業の何がわかるというのかね。入り口を恐る恐る覗いてみて、ああ、楽しそうだな、やりがいありそうだな。せいぜいその程度に過ぎぬ。何せ情報過多のご時勢だからな、彼らは”やりがい”というものが、企業社会の入り口で自分たちを迎えてくれるものと勘違いしているのだ。今はあらゆる分野で下積みが軽視され、促成栽培が当たり前になっている。大学院卒に便所掃除をさせるようでなければダメなのだよ。大相撲を見よ。三役を務めた人気力士でも、親方になれば、ブサイクなブルゾンを羽織って国技館の人員整理からやらされるだろうが。力士の現役は終わっても、親方としての現役は始まったばかりなのだからね。お笑い系のタレントなどいい例だ。噺家は師匠について一から教わっているから、言葉遣いや礼儀礼節をある程度わきまえている。だが、お笑い学校を出ただけで、使い捨て芸人に甘んじている昨今の<お笑い芸人>どもはどうだ。テレビ局の廊下で先輩に会っても、挨拶すらしない。すぐに結果を出したがるような連中は、長い目で見れば社会の害虫のようなものなのだよ。君のところに来る若者たちに、面接でこう言ってごらん、『我が社では、まじめにコツコツ働く地味な社員が出世しますよ』と。ほぼ全員が断ってくるのは目に見えている。彼らは入社してすぐに大きな仕事をさせてもらえるのが良い会社だと思い込んでいるのだな。とんでもない誤解だよ。まあ、彼らも、行き過ぎた商業主義と情報過多が生んだ犠牲者と言えるかもしれぬが。長くなってしまったが、とにかく、どんな世界も下積みありきなのだ。いきなり億万長者になったユーチューバーのガキなどが出てくると、促成栽培の風潮を追認することになり、ますます悪循環だが、百年のスパンで考えてみよ。一、二、三・・・と薄皮を重ねるが如く努力を積み重ねた者が勝つ。最後にはね」
問う人「では、若者に面接で何と言えばいいのでしょうか」
知る人「石の上にも三年。こう言われて失望する奴は門前払いだ、玄関に塩を蒔け。どういう意味ですか、と聞き返した者には、誠心誠意答えてやれ。そうすれば残るさ、本物の可能性を秘めた若者がね」
(了)
2412字、90分。