銭という鎹(かすがい)をはずせ

【祖父の代から続く不動産業の三代目です。競争激化による顧客離れが著しく、加えて、社員の定着率も低下して困り果てています。高いインセンティブにもかかわらず・・・いったい何が悪いのでしょうか。知恵を貸してください】

 

 

知る人「業績悪化の深刻度はどの程度かね。先代までに稼いだ利益を食いつぶしていよいよ危ないのか、それともこのままいけばいつかは…という段階で暗中模索の状態か」

問う人「後の方です。祖父も父も堅実だったので、かなりの利益を残してくれていますから。あと七、八年なら大丈夫かなと」

知る人「今いちばんに手を付けたいのは何だね」

問う人「その点でも迷っていまして・・・ 不振の要因が商品政策なのか営業力なのか、或いはその両方なのか」

知る人「まあ、それらも含めて、根本的な体質の問題かもしれんな。じいさんの代からということは、創業して半世紀以上だね」

問う人「ええ、あと三年で八十周年を迎えます。この節目までに何とかしたいです」

知る人「営業マンは何人いるのかな」

問う人「ちょうど十人です」

知る人「全員が男性かね」

問う人「ええ、平均年齢は三十二歳です。既婚四名、未婚五名、離婚一名という内訳でして」

知る人「インセンティブというのは、具体的に」

問う人「月間トップセールスには十万、年間トップには百万払っています。歩合の率は、まあ、業界平均といったところですが」

知る人「その条件は、じいさんや父親のときよりもいいのだろうね」

問う人「そうです、今がいちばん高いんです。それなのに、売りでも買いでも他社に後れをとってしまっていまして。しょっちゅうハッパかけてるのですがねえ。笛吹けども踊らず、とでも申しますか、なかなか」

知る人「先代、先々代のころと、今とで、営業政策の違いはあるかな」

問う人「そうですねえ、今までは地元のお世話みたいな雑務が多くて、煩わしいことに振り回されていたんですよ。冠婚葬祭やら祭りやら、子供会のバザーやら、なんだかんだで、不動産屋なのか自治会長なのかわからないような経営者でしたね。その点をテコ入れして、もっとドライに割り切るようにして、でも年収UPできるように報酬体系を見直したのです。おかげで、若くて優秀な人材に恵まれ、しばらくは好調だったのですが」

知る人「ここへきて息切れ、というわけだ」

問う人「ええ、おっしゃる通りで」

知る人「なるほど、まあ、ずいぶんわかりやすい例だな。<よこしま>カテゴリーの記念すべき初回だからな、この程度でいいだろう。さて、と、地域密着型からドライな営業戦略へとシフトして低迷、ということはだな、いちばん簡単なのはかつての方針に戻すことだと思うのだが、どうかね」

問う人「その気はないです」

知る人「なぜだね」

問う人「僕はユニクロの創業者を目標にしていましてね。あの人は父親が作った会社を育てて大化けさせましたよね。その際、先代からの古株社員達をバサバサ切り捨てて、体質改善を強行しました。それがなければ、今あれだけの世界企業にはなっていないでしょうね。僕も我が社には大胆なテコ入れが不可欠と判断したわけです」

知る人「その手法が誤りだったとは思えぬのかね」

問う人「ディテールの修正は必要かもしれないですが、大きな流れとしては正しいはずです」

知る人「なるほど、君もどこぞの野党政治家の如く、四国遍路が必要かもしれぬ。いいかね、ユニクロはカジュアル衣料品という、日本中で普通に買い求められる汎用性の高い商品分野だから成功したのだ。地元にどっぷり浸かる必要のない分野だからな。一方、君のところはどうだ。不動産業大手は、みな、地元の不動産屋さんではなく、大規模ディベロッパーだね。東京駅の周辺を見ろ、ほとんど三菱地所の縄張りだろう。東京ディズニーランドや全国どこにでもある複合型商業施設など、だいたいが大手不動産業の主導で進められたプロジェクトだ。ああいうふうにデカイ図体を目指すのなら今の君の考えでもいいだろうが、どう見ても君のところは地元の周旋屋の延長線上にしかあるまい。分をわきまえねばならぬ。君のじいさんが亡くなったとき、葬式には参列したのだろう、君」

問う人「ええ、まだ子供でしたけど。近所のおじいちゃん、おばあちゃんが、じいさんの入った棺をかわるがわる担いでくれるんですね。みんな口々に、『そうか、とっつあん死んじまったんか・・・』なんて呟きながら運んでくれて」

知る人「地元に溶け込んだ商人の最期としては理想的だな。君が死んでも、おそらく型通りに通夜に来てくれる程度だな」

問う人「地域密着商売に戻れと」

知る人「それしか生きる道はないと知るがよい。不動産は土地だ。土地とは何だ、その地域と不可分のものではないか。それを商品化している以上、自分らも土地と切り離せぬ存在であらねばならぬ。土地はもともと誰のものでもない、あえて言えば神のものだ。それに価格をつけて売り買いしているのだから、人の暮らしを重視した営業政策を採用するのは当たり前なのだよ、わかるかね。もちろん、みんななかよく横並びが良いと言っているのではない。この国は隅々まで競争だらけだからな。ただ、勝っても負けても地元から離れぬ、という覚悟が必要なのだ。要領のいい商人は、すぐ見切りをつけて土地を捨てていく。かつて西武百貨店が川崎から撤退する際、役員のひとりが『魅力の無くなった土地にいつまでも固執しない云々』と言っているのを新聞でみた。そのしばらく後だったな、これとは全く関係ない話の流れではあったが、ダイエー創業者の中内功氏が、或る雑誌のインタビューでこう断言していた。

出店した)地域に魅力がなくなったと言って撤退するのは商人の恥だ

・・・まあ、これもさまざまに解釈可能な言葉だし、ダイエーのその後を考えれば、中内氏の判断には疑問符を付けざるをえないかもしれぬ。だが、氏の言葉にはプロの商人の矜持がある。地域の人々の暮らしについて、中内氏がどの程度考慮に入れていたかはわからぬが、<土地>と言うものに対して、氏独特の哲学があったに違いない。君にないのはこれなのだ。商売と言うのは、商品を買った顧客に喜んでもらうのが仕事だろう。君の方針はどうだね、地元が喜ぶのかね。稼ぐことしか頭にないサラリーマンに、自分たちが昔から育まれてきた土地をひっかきまわされてたまるものか・・・と感じている地域住民もいるだろうな」

問う人「私はどうすればいいのですか・・・わからない・・・」

知る人「その土地で暮らすのが楽しくなるような企画を考案し、地元商店会とコラボせよ。一円にもならなくても、最後まで責任を持ってやり遂げるのだ。必死で真剣な、そして真摯な姿勢は、必ず誰かに響く。同時に、インセンティブを廃止し、歩合もやめて、固定給制に大きく舵を切れ。同業他社が目をむくだろうな、バカじゃないかとね。それでいいのだよ。社員の暮らしを守るには固定給がいちばんだ。野心の強いガツガツした者は、それにふさわしい同業他社に行ってもらいなさい。生活重視型の社員で固めるのだ。それがひいては、地域密着の営業姿勢につながる。自分の暮らしが安定すれば、地元の人たちのことを気遣うゆとりが生まれるはずなのだ。そうやって、今までのような、前へ前へと進みたがる集団ではなく、深く深く染み入ってゆく精鋭集団に生まれ変わりなさい。君の心には、先代、先々代を超えたい、不動産業界のユニクロともてはやされたい、といった野心がある。野心とは、邪心=よこしまなこころの代表格なのだ。分をわきまえて小さくなれと言いたいのではない、わかるね。商人の基本に還ることこそ、君の心に巣喰っている邪心を追い払うことなのだ」

問う人「地域と自分が、切っても切れない間柄になればいいということでしょうか」

知る人「そうだ。もし沈みそうになれば、君が方舟をみんなのために作ってやるがいい。そして、水が引いたらもう一度やり直すのだ」

問う人「何度でも、何度でも」

知る人「そう。地元を愛する人がいる限り、町は永遠に続くのだよ。よこしまな商人たちが荒らしにきても、地域の人々とタッグを組んで追い払えばよい」

問う人「ここは僕らの土地だ、と」

知る人「違う。土地こそが君ら自身なのだ」

(了)

3344字。120分。

 

 

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です