新人に高額支払う、愚

【新入社員に年俸1000万円を確約する企業が現れましたね。少々やり過ぎではないでしょうか。そこまでして人材を集めたいのでしょうか。競争に勝つためなら、なりふり構わず、ですか。理解できません】

 

 

知る人「優秀な人材を確保するために、企業はいつも必死になっている。どこから何が攻めてくるかわからぬご時勢だからな。強力な戦力が欲しいのだろう」

問う人「しかしですね、新人にいきなり1000万とはやり過ぎでしょう。おかしいと思いませんか」

知る人「おかしい、と言うか、ほとんど常軌を逸した行為だな。一時的にはうまくいくかもしれぬが、いずれどこかで行き詰るだろう」

問う人「放っておいてかまわない、ということでしょうか」

知る人「放っておかぬとしたら、何をすればいいのだね」

問う人「反対の論陣を張るとか、不買運動をするとか」

知る人「そこまでする必要があるかね。いつの時代にも愚か者はいる。いちいち相手していたら疲れるぞ。こっちの身が持たぬ」

問う人「なぜそこまでする必要があるのでしょうか。企業側の意図がわからないのですが」

知る人「そうだな。順不同だが、考えられる理由をいくつか挙げてみよう。

1)新奇な話題を蒔くことで、高い宣伝効果が得られる

2)後輩に抜かれまいと、先輩社員が必死になる

3)本当に優秀な人材を獲得できる

4)日本型雇用慣行を破壊することで、いわゆる”働き方改革”促進の力となる

・・・じっくり考えれば他にもあろうが、今思いつくのはこんなところだな」

問う人「僕はとりわけ2)の効果に疑問を感じますね。報奨金ていどならわかりますが、一気に1000万ですよ。そこまで新人を優遇されて、先輩たちの負けん気に火が付くでしょうか。逆に鎮火してしまうように思うのですが」

知る人「つまり、優秀な若手が入ると、実績ある中堅・ベテランどころが出ていってしまうということだな」

問う人「おっしゃる通りで」

知る人「それはあるだろうな。経営陣はそれらも考慮に入れた上で決断しているはずだがね」

問う人「差引すれば、プラスが残るという計算ですか」

知る人「そうでなければ実行せぬであろう」

問う人「実際どうでしょう。プラス効果が勝ると思いますか」

知る人「思わんね。いい人材が他社へ流出するのは間違いあるまい。ただ、順風・逆風入り乱れても、最後に何か企業にとって好材料を残せるという判断なのだろうな。知名度は上がるだろうから、高額年俸の確約をやめても、いい人材が集まってくる可能性はある。その他いろいろあるだろうが、まあ、どうかな、経営陣も先の先まで予測してはいまい。こういっては悪いが、一種のバクチ的な感覚、もっと言えばゲーム感覚で始めた試みという側面もあるのかもしれぬ。当事者にはなりたくないが、対岸の火事としては見る価値があるかもな」

問う人「経営はバクチ、ですか」

知る人「そういう側面は否定できまい。どんなに精緻な需要予測などを立てても、やってみなければわからないというのはすべてに共通している。季節性の強い商品を扱う業界はまさにそうだろう。冷夏や暖冬で季節ものを叩き売る光景は見慣れているはずだ」

問う人「人材の採用もバクチなのでしょうか。何だかさみしい世の中ですね」

知る人「高額年俸というエサで新人を釣ろうとする行為には、三つの不純な要素を感じるね。ひとつは、金さえ出せば人は集まるという姿勢。高収入で知られる大企業に、役立たずのクズがどれだけいるか、ちょっと考えればわかりそうなものなのだがね。努力に先行するエサには、必ず毒があると認識すべきなのだ。人間をダメにするという猛毒がね。ふたつめに、仕事は必死に働いて身に付ける、それに給料がついてくるという、下積みの発想がまったく無視されている。仕事とはコツコツ積み上げていくものだという姿勢は、やや古典的かもしれぬが、いつに時代も真理なのだ。上司や先輩に叱られながら覚えていく。これが一人前になるための王道だ。新人への高額年俸は、下からの積み上げという地道な努力を否定するものだ。このようなやり方が蔓延すれば、日本から<継承>という言葉が消えるであろう。先人たちの知恵を受け継ぐことをないがしろにし、今さえ良ければいいという刹那主義に支配される。長い歴史にふさわしからぬ、軽薄な国家に成り下がるのは間違いない。みっつめだが、民主主義の未成熟な社会に育った私たち日本人には、<英雄待望論>的な姿勢がみられる。いつか誰か、強力なヒーローが現れて、世の中を良くしてくれるのではないか。今回の高額年俸の件にも、このあたりの匂いを感じるのだな。つまり、第二のビルゲイツやスティーブジョブズが我が社に現れて、会社を劇的に変えてくれるのではないか。経営陣が聞けばバカバカしいと一蹴するだろうが、彼らの意識の底に、わずかでもこの願望はあると私はみている。まあ、とにかくだな、この日本国の弱体化の過程で起きた愚かな試み、というところでいいのではないかね。口角泡を飛ばすほどの出来事でもあるまい」

問う人「そうですよね。下積みで鍛えられた者が最後には勝つ、と信じましょう」

知る人「信じるだけで何もせぬのではダメだ。行動したまえ」

(了)

2109字。

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