<魂>の始まりは、君だ
【大手百貨店に就職して半年になります。お客様のため、と口先だけの先輩や上司に囲まれて働くのがイヤでたまりません。客として外から眺めていたときにはわからなかったんです、ニセモノだらけの職場だってことに】
知る人「客が増えて忙しくなると、怒る店員がいるんだな。儲かると怒る、というのも、君の職場で見られる珍現象のひとつだろう。違うかね」
問う人「いますよ、そういう先輩が。お客さんの入りがいいと、態度が荒れるんです。この人、誰から給料もらってるか全然わかってないんだなあって思いますね」
知る人「たぶん、すべての業種・職種で似たようなことが起こっているだろうね。土日祝日休んで当たり前、ボーナスもらえて当たり前、有休消化当たり前。ろくに働いていないのに権利だけは一人前に主張する。 ”一億総○○” という言い方は極力控えたいのだが、まあ、一億総サラリーマン化した結果だな」
問う人「それが、口先だけの店員を増加させている要因だと」
知る人「そうだ。確かに、いちいち客の喜ぶ顔を思い浮かべながら商売する者は珍しかろう。自分がオーナーにでもならぬ限り、そうはできぬだろうな。だが、客あっての商いだからね、ただお題目を唱えるだけで行動に結びつかぬのは、売れても売れなくても毎月決まった日に給料が振り込まれるからだ。百貨店はあいかわらず業績不振が続いている。社員一人一人の意識改革が今後の業績を大きく左右するというのに、そんな危機感が希薄だな。そごう・西武の如く、膨大な借金を民事再生で合法的に踏み倒して、それでもダメでセブン&アイに拾ってもらったような情けない連中がのさばっている業界だからな。昔ながらの場所貸し業としての体質は抜けきっておらぬから、本部のバイヤーなど、ろくに商品知識も持っておらぬ。脆弱な看板を錦の御旗のように勘違いして、仕入れ先との商談ではあいかわらずふんぞり返っている。伊勢丹を見よ、新宿本店以外はクズしかない。松坂屋は名古屋本店だけ、阪急は梅田本店の他は目も当てられぬ惨状であろう。西武も池袋以外はカスばかりだ。本店で儲けた金を支店がどぶに捨てているのだからな、実にユニークな業界だ」
問う人「僕は本物の百貨店人になりたいんです」
知る人「ろくでもない社員ばかりとは言っても、なかには見習うべき態度の先輩もいるに違いない。まずはそんな、自分にいい影響を与えてくれそうな人材を探すことだな。他部署でもかまわぬ。他人の良い点はどんどん見習って、盗んでいいのだよ。今の世の中、小手先の技巧ばかりにこだわって、職業人としての魂を持たぬ者があまりに多い。百貨店魂、というものがかつてはあったはずだ。古い業界だからな、創業者はほとんど残っておらぬが、ただ、サラリーマン経営者のなかにも立派な人物はいた。かつて松屋と東武百貨店の社長を務めた山中鏆氏はその代表格と言ってよい。同じ池袋の大型店でも、横柄な社員の多い西武に比して、東武の社員は腰が低い。山中氏の教育が今も生きているのだろうな。チェーンストアならば、伊藤雅俊氏、岡田卓也氏の両巨頭がいまだ健在だが、百貨店は創業数百年の老舗が多いから、創業の精神がとうに忘れられている企業がほとんどだろうな。そんななかでホンモノを目指すのであれば、まずはどんな業界でもいいから、この人こそホンモノだ、と君が思える人物を探して、徹底的に見倣うことだな。そういった人は、例外なく<魂>を持っている。プロ根性などの表現よりさらに上位の、崇高なる概念だ。そして、百貨店業界に魂ある人物が見当たらねば、君が魂の創始者になればよかろう。ホンモノの歴史を、君自身から始めるのだ。他人のよいところはおおいに見習うべきだが、頼り切ってはならぬ。すべては自分から始まる。そう肝に銘じよ」
(了)
1550字。