【よろずのことわり】百回記念特集 劣化する日本人(5)

【行き過ぎた個人主義が、今の日本のダメな理由だとしても、では、行き過ぎていない、ほどほどの個人主義とはどの程度のものなのでしょうか。常に全体を優先していると、また昔のように窮屈な国に戻ってしまうのではありませんか】

 

 

知る人「昔のように、とは、言論統制の厳しかった戦前を指しているのだね」

問う人「そうです。どうも私たち日本人というのは、二元主義の端と端を行ったり来たりしてしまう習性があるように感じられてならないのですね。極端な不自由から、極度の自由へという感じで」

知る人「そうだな。終戦後、つい数週間前まで鬼畜米英だの何だのとわめいていた教師が、手のひらを返すが如く、民主主義を叫び始めた。まあ、よく聞かされた話だよ。私も戦後生まれだから、当時のことを肌で知る者ではないが、おとなの変わりように唖然とした、というエピソードは、耳に胼胝ができるほど聞いた。今とは確かに時代背景が違うがね、日本人自身はびっくりするぐらい変わっていないのだな。映像技術を見てみるがいい。リュミエール兄弟が動く映像を開発して100年以上過ぎ、無声映画➡総天然色映画➡テレビ➡パソコン➡スマホ、とどんどん進化してきた。今や、世界中の名作映画でも昔のオリンピックの名場面でも、いつどこででも手のひらの中で見られるご時勢だ。だが一方、そうして映像情報を楽しんでいる私たち人間はどうかね。昔のベーゴマやメンコが、ポケモンやゲームボーイに変わっただけで、それを操る人の意識は変わっておらぬ。一言で言えばだな、我らは常に、易きに流れるのだその<易>さとは何か。みんながやるのと同じことをやる、という点でのみ全体に合わせ、周囲のことなど考えず自分だけの楽しみに没頭する、という点では自分を軸にしている。つまり、他者に追随して孤立を回避し、受け皿の上で ”個〝に埋没するわけだな。一人だけの楽しみと、孤立した時の逃げ道がセットになっている。これ以上に楽な生き方はあるまい。市場で開発されるすべての商品・サービスが ”個” に照準を合わせており、ワタシ仕様・カスタマイズされた自分専用商品であることが強調される。テレビのコマーシャルを見よ。私的な楽しみ方ばかりが強調され、公共の精神にかかわるメッセージは、ACジャパンのような中立的立場の制作者に任せてしまう。だが、よい社会とは、個人の私的な楽しみが積み上げられてできるものではない」

問う人「まず、全体ありきですか」

知る人「そうだ。我が国には1憶2000万人が暮らしている。全体を保つルール、つまりは秩序だな。これが常に明確でないと、やがてはバラバラにほぐれていき、国民ではなく、ただの居住民集団と化してしまう。戦後、民主主義を強調したアメリカの占領政策は、天皇の臣民を、アメリカ型<消費者>へと劇的に変容させることに成功した。いい暮らしがしたい、と思うのは当然なのだが、<ワタシだけが>という冠がついた。一人の幸せが国家を作るかのように喧伝され、誰もが個人主義に走った。それを企業が煽り続けて今に至っているというわけだな。いったんラクを覚え、私的快楽が身に沁み入った個人が、公共の精神に立ち戻れるかどうか。今は試練のときであり、次世代に向けて重要な過渡期かもしれぬな」

問う人「その意味で言えばですね、コロナ禍がプラスに作用することも考えられませんか。今ほど一致団結が叫ばれているときはなかったでしょう」

知る人「いかにも。犠牲者や、治療の最前線にいる医療従事者、経済的苦境にある人々などのことを思えば、コロナは今後の人類の方向性を占う試金石となろう、などと無責任・無慈悲なことはとても言えぬ。しかし、世界が何かを学び取ろうとしているのもまた事実なのだ。それは、世界とは個の集まりではなく、全体を構成するための個が結束した場所であるという認識だろうね。陳腐な言い方を許してもらうならば、人間は一人では生きられぬ、ということだな。ごく当たり前の考え方であったはずが、個人市場の徹底掘り起こしが100年も続いたおかげで、当たり前が忘れ去られていた。コロナ禍が、私たちにそれを思い出させようとしている。うまく終息させることができれば、この21世紀前半は、世界の転換点として後世の歴史の教科書にのるだろう。ただ、座して終息を待つのではダメだ。今までできなかったこと、より人間らしい何か、自分ではなく誰かのことを考えた何かを、具体的な行動に移すとき、それがまさに今なのだ。資本主義は今までにも危機を迎え、そのたびに自らを修正して生き延びてきた。おそらく今回の危機もそうなるであろう。自由な経済社会と、みんなが幸せになれるためのゆるやかな秩序とが両立できる仕組み作りの、第一歩を迎えたと考えようではないか」

問う人「なるほど。では、何かしなければいけませんね」

知る人「足踏みは厳禁だ。前に進もう」

(了)

1994字

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