五輪が戦後を終わらせる
【ぼくは今、強い無力感に包まれています。民意を踏みにじって強行開催されたオリンピックを多くの人々が楽しんでいる姿に対して。五輪貴族たちの予言、見事に的中しそうではありませんか。哀しいことです】
知る人「確かに、反対していた人々までが、金メダルラッシュに沸く日本列島と一体化してしまったかにも見えるね。反対派の議員がメダル獲得者に祝辞を述べる等、やることがチグハグで中途半端だ。まあ、我が国の政治家連中としては、いつものことだとも言えるがね」
問う人「始まれば盛り上がり、反対していたことなど忘れてしまう・・・IOCの幹部たちはそう言いましたが、全くその通りになりそうな勢いですよね。日本に民主主義なんてなかったんだな、って思うと、つらくて、哀しくて、やりきれないんです」
知る人「君のその言葉は、開催反対派の敗北宣言にしか聞こえぬ。我らの民主主義は、まだ完全に失われてはおらぬのだよ。風前の灯火ではあるがね。君は民主主義ということを、どの程度まで勉強したのかね」
問う人「英国やフランスをはじめとして、世界中の市民運動を学びました。大学は文学部史学科で、西洋史学を専攻しましたし、今も折に触れ学び続けてはいます」
知る人「何らかの活動には参加しているのかな」
問う人「たまに何かの集会やなんかに出かけたりはしますけど、どれも中途半端でつまらなくて」
知る人「なるほど。よくわかった。君はいわゆる頭でっかちで、逆ヒエラルキーのごとき体型をなしておる。我が国知識人の典型だな。君は無名人だが、名の有る無しに関わらず、頭がでかくなり過ぎた者は、だいたいそうなるのだ。君のようなタイプはだな、言ってみれば、風呂の浴槽に頭から突っ込もうとしているようなものだ。入浴には、薬に負けぬほどさまざまな効果がある。頭から入ることで、それらを感じることなく、湯の温度と、無理な姿勢による不快感だけを味わって、『この風呂はだめだな』と嘆く。本来の効果を何一つ享受できず、あきらめだけが先行するわけだ。頭でっかちの知識人とは、およそこんなものだな」
問う人「はあ、そうですか。何だか、わかったような、わからないような」
知る人「右に同じだ」
問う人「はあ。でも、あの、ここまで能天気な光景を目の当たりにしてしまうとですね、もう何やっても無駄じゃないかって気になってしまって。そうなりませんか」
知る人「やり方の再構築は必要であろうな」
問う人「具体的には、何を」
知る人「2025年が目前に迫っている。いよいよ、戦後も80年となるのだね。敗戦と同時に誕生した赤ちゃんが80歳。戦争で苦労した世代は博物館入り寸前である。喉元過ぎれば熱さを忘れる、の諺通りの歴史を、戦後の我ら日本人は歩んできたと言ってよい。三島由紀夫氏が戦後日本のあり方に我慢ならなくなって自衛隊基地に立てこもったのが1970年、戦後25年のときだった。あれからさらに55年という長い年月を経て、三島氏の憂いは、まったく、おもしろいように的中してしまった。米国の傘下にあり、ひたすら経済発展だけを追い求めた結果だな。コロナウィルスという<見えざる敵>に対してなすすべなく、ほとんど全国民が四六時中マスク着用。マスクしていない者に白い目を向ける。感染症対策のはずが、なぜか居酒屋への狙い撃ちにすり替わり、経営不振にあえぐ零細飲食店が続出する。その他その他、さんざん苦しめられていながら、五輪開催を止めることもできず、始まったらお茶の間で『また金とったよ』と盛り上がる。これらを総じて民主主義の敗北と呼ぶのは簡単だが、どうあろうが我らはこれからも暮らしていかねばならぬ。暮らしにくい今の社会をそのままにしておけば、全国隅々までニヒリズムが蔓延し、あとは権力者どものやりたい放題だ」
問う人「はあ、でも、それを食い止める方策って、何かあるんでしょうか」
知る人「まずは歴史認識をあらためよ。このたびの強行開催五輪によって、戦後がついに終わるのだ。米国傘下で繁栄を貪ってきた昭和元禄が、終焉を迎えるのだよ。この先に我らを待つのはいかなる未来か。君、どう思うかね」
問う人「あまり言いたくないですが、灰色の、いや、暗黒の未来ではないでしょうか」
知る人「普通に行けばそうなるだろうな。中国の属国になるという、ひどいシナリオだって考えられよう。そうならぬために、今を生きる我らに何ができるか。反乱だよ。いったん我が国を、無秩序の混沌とした状態に貶めるのだ。もちろん、テロをやれと言ってるのではないぞ。各自が本来の自己主張を始めるのだよ。我らはおとなしすぎたのだ。寡黙な日本人という不名誉な印象を払拭し、一人一人が自分の暮らしを第一にかかげて、自己を政府化してしまう。星新一氏の短編小説に『マイ国家』というのがあったがね、まさに多くの国民が、あの物語のごとく、国家を立ち上げるのだ。政権中枢にいる連中など、誰一人として頼りにならぬ。21世紀を無秩序で染め上げ、その後、新秩序の構築へと向かう。我らの近代史のなかで、21世紀ほど民衆が荒れた時代はなかった、と、後世の歴史家が評価を下すであろう。現時点で悪者扱いされても、歴史はその人物を必ず再評価する。こころある民よ、今こそ百年の計の上に立て。失敗を恐れてはならぬ。政治家が庶民を守らぬということは、コロナ禍と東京五輪で痛いほどわかったはずである。覚醒せよ」
(了)
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