なにをどうすりゃいいのかねえ

父「ああ困った、困った困った」

娘「おとうさん、何が困ったの」

父「もう時間がない。私にはもう時間がないんだ」

娘「何の時間が」

父「たたかう時間がだよ」

娘「何とたたかう時間なの」

父「世間、いや、社会、ううん、違う、何と言えばいいのかな」

娘「要するに、気に入らない連中とたたかいたいんでしょ」

父「狭いな、そうではない。美しいわが日本を乱す連中とたたかいたいんだよ」

娘「それ、あたしが小さいころからずうっと言ってるよね」

父「そうだ、私は来年で還暦を迎える。それなのに見ろ、このていたらくだ。理想や目標ばかり目の前に置いて、それらに邪魔されて一歩も前に進めん。男の寿命はだいたい80歳前後だからな、あと20年で三途の川を渡らねばならん」

娘「邪魔なものをどければいいんじゃないの。そうすりゃ先にすすみやすくなるじゃない」

父「そう簡単に言うな。目標と理想がなければ、私は一歩も前に進めないんだ」

娘「高すぎるんだよ、理想も目標も。美しいわが日本を乱す連中なんてさ、そこらじゅうにいくらでもいるよ。上は政治家なんかの権力者、下は近所のガキに至るまでね。おとうさんの視野は広すぎるんだよ。遠くばかり見るから自分の至らなさが嫌になって、なんにもやる気なくなっちゃうんじゃないのかなあ。どう、あたしの言ってること、正しいでしょ」

父「さすがはわが子、父をよく理解している。その通りだ。しかしだな、目標を下げると言っても」

娘「背伸びすれば届くぐらいに設定しないとさ、わが身の非力さに打ちのめされちゃうだけだよ。もっと低く、低く、ね」

父「うん、そうだな。そうしよう」

娘「美しい日本って言うけど、具体的に、おとうさんが守りたい美しさって何なの」

父「言葉だ。われらが母語・日本語だよ。それから、人間観・人生観。こっちはあいまいでわかりにくいものだがね、日々の仕事で老人介護をやっているだろう、そうしているうちにだな、老化に対する世の中の認識はおかしい、と気付いたんだ。かつてルソーは老人を汚いとかみずぼらしいとか言って嫌ったようだが、わが国にもそのようなことが書かれた文献は数多く残っている。だが、老いればシワだらけシミだらけになり、毛が抜けて背や腰が曲がるのは当たり前なんだ。それを素直に自然に認め、老化というものを、発達心理学の最終段階としてとらえ、若者には想像もつかない境地に達することが可能な年代・時期であると認識をあらためねばならん。それなのに、やたらと若作りさせたり、カッコイイ老人というイメージを作って、老人を若者と同列に置こうとする。これは市場主義のなせる業だよ。若作りはおおいに儲かるからな。美容外科を見なさい。経営者は自家用ヘリを駆使して飛び回っている。人間を加工品の如く扱う医療商人たちだ。ああいった連中も老化認識をゆがめるのに一役買っているんだな」

娘「話が大きくなってきたけど、順番に言うとさ、まずは日本語でしょ」

父「そう、われらが母語は今や瀕死の重体と言わねばならん。これも市場主義とおおいに関係ありだよ。日本語を商品化してしまった。最近の歌手の歌の題名など、まともな日本語はほとんどみられない。歌詞となると、これはもう滅茶苦茶だ。言葉で遊んでいるとしか思えない。ここには世代間の断絶という深刻な問題も内包されているね」

娘「日本語と、老化に対する正しい認識、だよね。おとうさんが問題にしているのは」

父「そうだ。老化は人生の最終段階だからな、これを軽視するというのは、人生そのものを軽く見ることにつながる。このような考え方・生き方は、社会全体に深い傷や溝を作り、人間同士のきずなもやがて破壊されるだろう。そうなってからでは遅いんだ。今手を付けねば、取り返しのつかないところまで行ってしまう」

娘「ううん、問題が大き過ぎだよね」

父「それはわかっている。でもやりたい、取り組みたいんだ」

娘「困ったおとうさんだなあ」

父「まったく、困ったもんだ。体は衰えてゆくのに、志だけは若い時のままなんだからなあ。だがね、正直言って、なにをどうすりゃいいんだか、まったく見当もつかないんだ。こうしているうちに、ますます歳を取る。残り時間は着実に減ってゆく。社会はどんどん悪くなる。ああ困った」

娘「ね、おとうさんってさ、文章書くのがうまいし、読み書きが好きじゃない。そっちで行くのが一番現実的だと思うなあ」

父「うん、私もそう考えている。だが、世に出るきっかけがない」

娘「挑戦し続けなきゃ、ね、新人賞とか、懸賞論文とか。ルソーが世に出たきっかけだってそうでしょ」

父「そうだな、考えているヒマなどないんだ。私はまったく努力が足らん」

娘「そうとわかったらさ、できることから始めようよ。おとうさん、あたしが小さい頃に言ってたでしょ、一番だめなのは途中であきらめることだって。あきらめちゃだめだよ。どんな相手とどうたたかうのか、もう一度頭の中整理して、2023年に向けて作戦を練ろうよ、ね」

父「そうだな、今年も残すところあとひと月半だ。還暦を迎える2023年に向けて、作戦を練り直すとしよう」

(了)

2081字

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です