戦争体験よ、さらば
【夏の風物詩などと言えば不謹慎に過ぎようが、アジア太平洋戦争の惨禍について語るテレビの特集が、9月に入ってもちらほらと見受けられる。真剣に取り組んでいる企画も中にはあるだろう、しかし・・・】
知る人「アジア太平洋戦争の惨禍が集中したのは8月だった。ちょうど日本の学校は夏休みだからな。教師が教える機会を逸してしまうのであろう。その分、テレビが代役を務めようとしている、と言えなくもないだろうね」
問う人「でも、まともに特番組んでるのは、NHKぐらいなものでしょう。あとはTBSの報道特集か…」
知る人「当サイトですでに言及したのだが、本土の縦となって死闘を演じた沖縄ですら、貴重な体験がうまく引き継がれておらぬ。このままいけば、日本史の教科書を開かない限り、かつての惨状に触れることができなくなるだろうな」
問う人「このままでいいってことはありませんよね。どうするべきなのでしょうか」
知る人「つい先日の参院選、その少し前の東京都知事選等々、旧日本軍を理想化したり、核は安上がりなどというトンデモ発言が飛び出したりと、戦争の記憶は加速度的に変質していきつつある。これも当サイトで触れたのだが、記憶というものは、風化の前に美化される。美しくなって忘れられるのだ。これが思い出されたときには、ますます強く美しくなっているだろう。過去の戦争とは、こうして、日本人の模範的行為だったと書き換えられてゆくのだよ」
問う人「そうならないためにも、テレビでもっともっと特集すべきだと思うのですが」
知る人「企画の意図が不明なのだ。テレビがいったい何を狙っているのやら、私には見えぬ。数日前、NHKの朝の番組か何かで、戦火のなか逃げ回った方のインタビューが放映されていた。ああ悲惨な話だなあ、と誰もが感じたであろう。だがね、現代しか知らぬわれら戦後世代は。戦争とはどんなものかわからぬ。ガザやウクライナの映像を毎日のように見ていても、遠い遠い世界の出来事のようにしか感じられぬだろうな。では、戦争体験を正しく受け継ぐにはどうすればよいか」
問う人「語り部みたいな役割をどんどん増やすとか」
知る人「それもやはり、企画不足なのだな。一例を挙げればだな、沖縄戦のとき、赤子の鳴き声で米軍に気付かれてしまうとか、子供は足手まといだとかの理由で、自らの手でわが子の命を奪わねばならなかったお母さんたちがいた。気が狂ってもおかしくない思い出だよ、これは。こんなものをテレビで見知ったわたしたちは、どうすればいいのだ」
問う人「まあ、そういったことを繰り返さないためにも、正しい歴史教育をしてですね…」
知る人「そこだよ、私の言いたいのは。正しい歴史教育とは何ぞや。悲惨な語りや映像だけでは、戦争嫌いを増やすだけだ。中国を見よ。彼らは対日戦争で日本軍に受けた蛮行を受け継いでいる。だが彼らの場合、現在の栄えある大中国とつながる歴史過程として学んでいるのだ。今があるから、苦しかった過去の記憶にも耐えられるのだな。わが国はどうだ。夏が来れば思い出す~♪ではあるまいが、広島・長崎・そして敗戦、と一連の流れに沿ってただ報道しているだけで、21世紀以降の日本をどうしたいのか、という視点がまったくない。悲惨な過去は、かすかに見える未来の曙光を感じさせるものと合わせて教えるべきなのだよ。哀しい話ばかり聞かされたらどうだね、次は楽しい話題が欲しくなるだろう。不謹慎な言い方に聞こえたかもしれぬが、もはや戦後80年なのだ、真正面から惨禍を語るだけではだめなのだよ。アジアの一小国に成り下がった現状ではなおさらだ。未来の建設につながる、前向きな企画が、ぜひとも今、必要なのだ」
(了)
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