星新一は語る
【人類の未来を予測したSF作品は多い。科学者さえ一目置くほどの慧眼を示したものもある。それらのなかで今回は、掌編の名手だった星新一氏に注目してみたい。1001編もの作品には、驚異的な傑作がたくさんある】
問う人「今回はまた、がらっと雰囲気変わりましたね。サイト運営者の気まぐれですか」
知る人「たまには角度を変えてみたくなったのだろう。運営者は読書好きな人だからな」
問う人「星新一氏って、ものすごくたくさんの作品を残しましたよねえ。書くのたいへんだっただろうな」
知る人「私が中学一年生の頃、国語の授業で教師が『好きな小説家は誰ですか』とわれら生徒に問うた。どんなのが出たかよく覚えておらぬがね、なんせ半世紀以上前の話だからな、で、ある男子生徒が『星新一』と言った。教師は女性でね、文学好きな感じの人だったが、その名を黒板に書いたあと、それら漢字三文字を片手の拳でコンコンと叩いてこう言った。
まあ、こんなのは、あと十年もすればいなくなりますよ。
・・・おそらく彼女にとっては、三島や川端こそが文学なのであって、星某などは邪道にすぎぬとでも思ったのであろうな」
問う人「つい先日、丸の内の丸善に文庫本買いに行きましたけど、三島由紀夫よりたくさん並んでましたよ、星氏の本が」
知る人「SFが軽く見られるのは、本場アメリカでも同じらしい。古い情報だがね、かつてレイ・ブラッドベリは、SF作家というレッテルを貼られるのを嫌がったそうだ。文芸作家たちとの間に、厳然たる一線があるそうなのだな」
問う人「文学は表現活動ですからねえ。権威化するのは良くない傾向だと思いますね」
知る人「現代のわが国を見よ。その権威ですら、今や消費の対象だ。最高権威たる芥川・直木両賞の惨状には目も当てられぬ」
問う人「どこかのサイトで、次の芥川賞と直木賞を予測する、なんていう企画をやってましたよ。嘆かわしいですね」
知る人「くだんの女教師も、草葉の陰ですすり泣いていることだろう。さて、そろそろ本題に入ろう。星新一の名作と聞いて何を思い浮かべるか。千を超す膨大な作品群だからな、人それぞれ、さまざまな名を挙げるであろう。が、今回の主題は未来予測だからな、これに沿って思い出せば、何と言っても最初に出てくるのは【おーい でてこーい】だな。静かに始まって静かに終わる掌編だが、凄まじい毒がその体幹部に凝縮されていた。昨今の道路陥没事故などを見るにつけ、この作品が示した未来が見えてきた気がしてならぬ」
問う人「勢いに任せて突っ走った経済発展のツケが、いよいよ回ってきたと言えますものね。陥没予測距離は延べ300kmにも及ぶとか」
知る人「大量生産が生み出したものは、単にモノだけではなかった。使い捨てという消費行動を定着させた。誰の言葉だったか忘れたが、20世紀の英雄は21世紀の犯罪者となり得る、というわけだ。この点で思い出すのが作品集<未来いそっぷ>の巻末におさめられていた【たそがれ】だ」
問う人「人間に酷使され続けてきた多くのモノが、いっせいに音を上げて崩れてゆく話でしたね。実に不気味だったけれど、哀愁漂う雰囲気もあった。力作でしたよねえ、あれも」
知る人「最後に【欲望の城】を挙げて終わりにしよう。新しいモノが買いたくてしかたがない男が、夢の中で次々といろんなモノを購入し、やがて置き場がなくなって、夢の中でモノに押しつぶされる物語だ。あまたある作品群の中ではとりたてて傑作とも言えぬが、消費文化の末路を予測し得たとは言えるだろう。これも不気味な掌編だったな」
問う人「まだまだありますよねえ、素晴らしいのが」
知る人「語ればきりがないからな、もうやめにするが、とにかくだな、星氏をはじめとして、SF作家はさまざまな未来を予測した。純文学などという枠にこだわらず、それら名作群を掘り起こす作業が、今こそ必要だと私は思う。いまだ現役の筒井康隆氏や、【日本沈没】で一世を風靡した小松左京氏、有能な編集者としてSF界の発展に貢献した福島正美氏、掌編の名手でもあった眉村卓氏、惜しくも早世した廣瀬正氏、その他その他、挙げればどんどん出てこよう。はかなく短命に終わる現代の評論家の言説に耳を傾けるのも悪くないが、作家生命を賭けて人類の未来を示そうと闘った作家たちの言葉に注目するのも、21世紀の今、大切なことなのだ。たかがおハナシと軽視せず、読書の秋にじっくり取り組んでみてほしいものだな」
(了)
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