糖質制限ダイエットは正しいのか?
【炭水化物の食事摂取基準(%)】
1歳~70歳以上まで共通して:1日摂取カロリーの50~65%
(『日本人の食事摂取基準2015』厚生労働省)
問う人 「職場の健康診断で、メタボって言われたんです。とりあえず食事を控えめにはしてるんですけど効果なくて。どうすればいいか迷ってます」
知る人 「健康診断は春にあったんじゃないのかな」
問う人 「はい、4月に」
知る人 「もうずいぶん経つよね。医師や栄養士の指導は受けたのかい」
問う人 「健診後の面談の時だけです」
知る人 「要注意項目には、印とか記号とか、何かついてただろう」
問う人 「はい、それが胴回りだったんです。85cmを超えてるって」
知る人 「君はもうすぐ40歳だよね。血圧とか中性脂肪とかは」
問う人 「いちおう基準値内にはおさまってました。ただ、どれも上限に近いので、今のままの生活続けてたら来年は基準値超してしまうかもって」
知る人 「それは医者が言ったのかな」
問う人 「はい。でも、具体的にどうしろっていうのはなくて、食べ過ぎないようにって言われて終わりです」
知る人 「健診や人間ドックというのは、医療の現場としては最前線ではないからね。私も毎年受けているが、具体的な指示は何もない。やる気がないわけでもないのだろうが、使命感に燃えた人物とも思えない。君の場合もおそらく似たようなものだろうね」
問う人 「でも、女房からも痩せろって言われてますし・・・」
知る人 「君自身はどうしたいのかな」
問う人 「確かにベルトがキツくなったりしてますので、胴回りだけでも絞らなきゃと思ってます」
知る人 「食事を控えめにしてると言ったね。どんな工夫をしてるのかな」
問う人 「晩ご飯でいつもおかわりしてたのをやめて、茶碗1杯にしました」
知る人 「うん、夜から先に手を付けたのは正しい選択だ。よほどの長時間労働か、或いは夜勤でもなければ、夜のエネルギー摂取は少ない方がいい。半年ほど続けたのかな」
問う人 「そうですね、医師との面談の後だから、5月の連休明けあたりから始めました」
知る人 「7か月経過だね。効果がないと言ったが、それはつまり、体重に変動がないってことだね」
問う人 「はい。ずっと78kgです」
知る人 「身長は」
問う人 「175cmです」
知る人 「スマホを出して、<BMI指数 計算>と入力してごらん。自動計算してくれるサイトが出てくるから」
問う人 「BMI指数25・47。標準体重を10・62kg超えてるそうです」
知る人 「うん、25を超えると<やや肥満>のグループに入れられてしまうからね。君自身が胴回りのキツさを感じているなら、食事を調整するのはいいが、私から見れば君は肥満でも何でもない。78kgを維持できているのなら立派な健康体だよ。世間をみてごらん。<やや肥満>でも<ぽっちゃり>でもなく、病的な巨体が堂々とのし歩いてるじゃないか。職場にいないかね」
問う人 「上司がそうですね。変な話ですけど、立ってオシッコするとき、自分の局部が見えないそうです、お腹で隠れてしまって」
知る人 「その人が食事制限するべきだと思うがねえ」
問う人 「やったらしいんです。今はやりの<糖質制限ダイエット>を試したそうなのですが、我慢するとよけい食べたくなって、結局さらに太ったと言ってました」
知る人 「おそらく、急激に減らしたのだろう。<糖質制限>で検索してごらん。そういう事例が出てくるよ」
問う人 「糖質制限ダイエットは危険だって書いてますね。ええっと、これは」
知る人 「NHKの《クローズアップ現代》だろう。そこには失敗事例が2人紹介されているが、共通しているのは何の計画性もなく白米を突然やめたということだ。ちょっと考えたらわかりそうなものなんだが、1日3食きっちり炭水化物を摂取していた人が急にそれをやめれば、体調が悪くなるのは自明の理というものだよ」
問う人 「マスコミって、そういう話が好きなんですね」
知る人 「何かを悪者に仕立ててそれを批判して、視聴者に問題意識だけ植え付けて終わり。テレビの常套手段と言っていいだろうね」
問う人 「僕の知人に管理栄養士がいるんですけど、糖質制限は間違いだからやめとけって言われました」
知る人 「人によりけり、としか言えないね。少なくとも、君に関してはその栄養士さんが正しい」
問う人 「検索してビックリしましたよ。糖質制限を扱っているウェブサイトがいっぱいあって」
知る人 「ダイエットの分野は、安易な情報で溢れかえっているからね。世に言う《在宅ワーク》というものにwebライターなる小遣い稼ぎがあるのは知ってるだろう。1文字0・1円などの超低単価がまかり通る奴隷労働の世界だ」
問う人 「職場の若いのがコッソリやってるって言ってました。フィギュアスケートが大好きな男なんですけど、それに関連する記事作成だけに絞ってやってるのだとか」
知る人 「その程度なら害はない。実益を兼ねた健全な趣味の範囲内だと思うね。だがダイエット情報は違う。中でも君の上司さんが試した糖質制限は大いに問題だよ」
問う人 「ダイエットに限らず、ネット上には怪しげな情報が多いですよね」
知る人 「そう。今はまだインターネットの黎明期だからね。これから淘汰されていくだろう。まあ、偽情報批判は別の機会にすることにして、本丸を攻めるとしよう」
問う人 「さっき言った栄養士くんが教えてくれたんです。炭水化物=糖質+食物繊維 だって。僕、糖っていうのはお菓子みたいな甘いもののことだと思ってたので驚きました」
知る人 「エネルギー源と言われるのは3つある。栄養士くんがそう言ってなかったかい」
問う人 「はい、糖質・脂質・たんぱく質 ですよね」
知る人 「うん。そのうち、食生活の中で最も多いのが糖質だ。厚生労働省も、1日の摂取カロリーの6割程度を推奨しているようだね」
問う人 「カロリー計算はできませんけど、ご飯とか麺とかの主食のことを考えると、6割なら普通かなあって思いますね、僕も」
知る人 「そう。糖質制限が普及してしまった最大の理由はそこだ。要するに楽なんだよ。NHKが取り上げた中に、白米をブロッコリーに替えたら好評だとか言ってる弁当屋が出てただろう。あんな具合で、面倒なカロリー計算もせず、ただメシをやめれば痩せると短絡的に考える者がいるんだ。これも実際にあった話だが、医学研究の現場で、糖質制限の実験をした研究者がいる。炭水化物を毎食キッチリ摂取している群、まったく摂取しない群の2グループに分けてある期間の経過を調べたところ、摂取しないグループは一様に体調を崩したんだな。この結果報告に納得できなかった医師が詳しく情報を集めてみると、摂取しない群の被験者は、その前日まで1日3食の炭水化物を摂取していたことが判明した。なにが言いたいかわかるだろう」
問う人 「NHKと同じですよね。急にやめておかしくなったてって言う」
知る人 「うん。世間の常と言えるかもしれないね。何か2つのことを比較する場合、<上限 対 下限>といういびつな対照設定がなされることが珍しくないんだ。Aの上限を選択したのなら、比較対象Bもやはりその範疇の上限でなければならない。そうでないと、正当な比較にならないからね」
問う人 「急でなければ大丈夫なんですか」
知る人 「人体の仕組みを正しく知る専門家なら、突然やめさせるようなことはしないよ。もし有り得るとしても、よほどの急性症状の場合に限られるだろうね。『炭水化物が人類を滅ぼす』などというトンデモ本が売れたりもしたが、耳目を引く言説で目立とうとする輩はいつの時代にもいるものだよ。小麦に含まれるグルテンを諸悪の根源みたいに指摘する向きもあるが、飲食物についてはっきり言える真理はただひとつ、【食べ過ぎるな】ということだけだ。ほどほどにしていても体に悪いような食材が、商品として流通し続けられるわけがなかろう。そう思わんかね」
問う人 「僕もそう思います。厚労省が6割と言っているのをゼロにすれば、体調が悪くなるのは当然ですよね」
知る人 「栄養素は大きく分けて5つだが、対象となる食材は無数にある。いろいろ取り混ぜて食べるのが最も健全な食生活なのであって、メシだけ、納豆だけ、バナナだけ、という風に、単体を選んで褒めたりけなしたりするのは全くの誤りであるばかりでなく、社会的に見て害毒の垂れ流しだと言ってよい。商品が売れる。食った人は体重が減る。こう考えればwinーwinの関係のようだが、さにあらずだ。やがて売れなくなる。やがてまた太る。商品の市場も消費者の健康状態も悪化して、世の中にもいいことは何も残らない」
問う人 「誰かが言ってたのを思い出しますね。すぐ使えるものは、すぐ使えなくなるって」
知る人 「君の言う通りだ。さて、ここらで本題に戻ろうか。糖質制限ダイエットについてだが、結論としては、ゼロにするのはダメ、減らすとしても少しずつなら可。その場合よく言われるのが『たんぱく質を増やして均衡をはかる』という考え方だ。カロリーは同じなのに、炭水化物からたんぱく質に替えただけで体重が減ったという事例が実際にある。ただ、あくまで微減であって、減り続けるわけでもない。炭水化物とたんぱく質のどちらを優先するべきか。これは、医師や栄養士、医学研究者や栄養学研究者の間でも考え方が分かれている。先日、ある保健師の女性と話す機会があってね、このことを尋ねてみたんだが、どちらも正しいとしか言えません、という無難な回答でかわされたよ」
問う人 「専門家同士で真反対のことを言い合っているのでは、私たちシロウトはますます迷いますよね」
知る人 「そう。私たちにできることは、自分に合う方法を知るということに尽きる。特盛だのメガ盛だのといった大食を好む者はそれを改めた方がいいだろうし、揚げ物ばかり食っている者はもっとバランスよく食べるべきだ。【健康】という言葉を発案したのは緒方洪庵だそうだが、その一番弟子である福沢諭吉は、著作のなかでこんなことを書いている。
世界の蒼生多しといえども、身に一点の所患なく、生まれて死に至るまで些少の病にも罹らざる者あるべきや。けっしてあるべからず。病理をもって論ずれば、今世の人はたとい健康に似たるものあるも、これを帯患健康と言わざるを得ず。国もまたなお人のごとし。
福沢諭吉『文明論の概略』(明治8年刊) より抜粋
・・・国のあり方を人体にたとえたくだりだが、面白い考え方だろう。さすがは1万円札の顔だ。病気や怪我の一つや二つ、あった方がいいんだよ。自分自身の健康に気遣うようになるだけではなく、他人への配慮や理解にもつながるからね」
問う人 「俗な言い方ですけど、その方が医者も適度に儲かりますしね」
知る人 「《経済効果》という言葉を好む者は多いが、まさしく経済効果の観点からしても、少しぐらいの病気と怪我が世に点在する状態が好ましいということだね。無理な食事制限を推奨して短期的に儲ける輩はしぶとく生き残るだろうが、私たちはあくまで正統派の道を行こう。君は今の食生活でいい。それより、体を動かしなさい。高額のジムなどに行くのではなく、ウォーキング、ジョギング、外に出たくなければ部屋で腹筋やスクワットなど、金をかけずにできることはたくさんある。やってごらん」
問う人 「はい。さっそく今夜から始めてみます」
知る人 「君は賢明だからわかってると思うが、急発進はご法度だよ。いいね」
問う人 「はい、ほどほどにします」
(了)
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