サラリーマンになりたい人の気持ちがわかりません
【会社とは、いかなる組織か 日本初の会社の社史に見る】
早矢仕有的が丸屋商社の創立に際し、未だ一般に理解されていなかった会社組織を採用したのは、福沢諭吉の講義に於てジョイント・ストック・コンパニーの説明をきいたことに起因すると言われる。早矢仕四郎の談によれば、初めて福沢諭吉がウェーランドの経済学を講じでている中に、ジョイント・ストック・コンパニーという語が出て来て、その説明を聞いて日本の商社が永続しないのは子孫の店を継承する為であって、もしその商売に不適当な子孫が出た場合には忽ち産を破り店を潰すようなことになるが、会社組織によれば適材適所で事業を進めていくことが出来、その商業は永続すべしとなし会社組織を採用する決心をしたのであるという。・・・丸善社史
出典:荒川進『日本サラリーマン神話 ことはじめ百年史』日本工業新聞社 1977年
引用者註:丸屋とは現在の丸善の旧社名で、同社は日本最古の会社である。
問う人 「僕の質問を採用してくださり、ありがとうございます。あれで主旨は伝わったと思いますが」
知る人 「表題しか見ていない。中身は推して知るべしだ」
問う人 「僕がハタチの若者だから、みくびっておられるようですね」
知る人 「今時、ハタチにもなってこんなことを尋ねるのは一体どんな青年か、興味が湧いたのだよ。みくびっているのではない」
問う人 「でも、たぶんこんな奴、と検討をつけたのでしょう」
知る人 「そうだ」
問う人 「そういうのを、みくびっている、というのではないでしょうか」
知る人 「言葉の定義などどうでもよい。今言った通り、私は君の質問の内容は知らん。既に書かれたことかもしれんが、あらためて問う。君の身近にいるサラリーマンとは、身内か、それとも友人知人か」
問う人 「父親です。サラリーマン歴30年のベテランですよ」
知る人 「会社員かね」
問う人 「そうです。下着の製造販売をしている、まあ、中堅クラスの企業のですね、部長だか本部長だか、偉そうな肩書です」
知る人 「部長も本部長も偉いのだ。その組織の中と、それに関わる企業の間ではね。で、君は哲学科の学生だそうだが、主に何を学ぼうとしているのだね」
問う人 「日本で哲学と言えば、デカルト・カント・ショーペンハウエルが有名ですが、僕は実践できない空論には興味ありません。チェルヌイシェフスキーを読んでいます」
知る人 「言葉を発する前に、自分の中でよく噛み砕いて、音声にするにふさわしいか否か確認した方がいい。デカンショを空論と断ずるのは、よほどの馬鹿でなければ、かなり勇気の要ることだからな」
問う人 「僕はよほどの馬鹿ですから」
知る人 「開き直るのは、あらゆる努力をし尽してからにするんだな。君は実社会を知らない学生だが、哲学学徒にはそれなりの<眼>があるはずなのだ。眉毛の下に嵌め込んであるのは、ビー玉か何かかね」
問う人 「ずいぶん失礼な言い方ですね。僕らは初対面ですよ。最低限の礼儀ぐらいは守るべきじゃないでしょうか」
知る人 「かなり穏やかな言葉遣いをしているつもりだがね。君を哲学科の学生として扱えぬ理由はいくつもあるが、それ以前としてだな、君は働くということをどう考えているのかね」
問う人 「畑(ハタ)を楽(ラク)にする、とでも答えれば納得するんでしょうかね」
知る人 「君に黙秘権を与えよう。喋れば喋るほど馬鹿が露見して、とても聞いてられん」
問う人 「聞かれたから答えただけですよ。じゃあ、黙ってます」
知る人 「何だ、まだいたのか。とうに帰ったと思っていたが」
問う人 「僕の質問に対する答えをもらわないと帰れません。ここまでの往復の時間がもったいなくて」
知る人 「サラリーマンになりたい人、というのはつまり、組織に身を委ねて良しとする安易な生き方を選択したがる人、という意味だな」
問う人 「おっしゃる通りです。安全パイを手にして安堵する消極的な人種です。僕が最も嫌悪する」
知る人 「前世紀の生き残りだな、君は。ご認識が甚だしくて、いちいち相手にしてられん。ひとつ問う。組織から俸給を得るのが安易と言うなら、何が安易でない働き方なのかね」
問う人 「社会に出たての頃はそれでもいいと思いますが、そのうち、自分の可能性とか興味の方向性とかわかってくるでしょう。30年も居続けるのが安易だと言ってるんです」
知る人 「今の君の言葉が全てを語っている。自分を父親という鏡に映して、その姿を他人の眼で見てみなさい。自分の問いに対する回答が映っていることに気付くだろう」
問う人 「自分が映るほど父親を見たくはないですね」
知る人 「自問自答が好きだね、君は。今の言葉も鏡として、自分を映してみるのだな。そうするとさらに、その中に別の鏡があり、そこには自分が映っている。その中でさらに」
問う人 「無間地獄に誘導するつもりでしょうか」
知る人 「いちどそうした方がいいと思ったのでね」
問う人 「答えに窮する姿って、惨めなものですね。もう帰ります」
知る人 「そうした方がいい。ただ、せっかく来たのだ、みっつだけ言っておこう。糊口を凌ぐ、という言葉が示す通り、生活の糧を得るのは基本中の基本だ。どこから支給されようが、生活費は生活費。尊いものだよ。それを30年も続けている父の偉さがわかっていない。次に、可能性と言ったが、君自身の可能性は何なのかわかっていない。わかっていれば、そんな言い方はできないはずだ。哲学がわかったつもりのようだが、君のチェルヌイシェフスキーで、一体どんなメシが食えるのか。君に何が出来る。何も出来やしない。何がわかる。何もわかりやしない。糊口を凌いで30年 対 未経験。勝負にならんよ。自分の労働への報酬で家族を養う責任感も何も理解しようとしない青二才ではね。毎月25日に給与が振り込まれるのが安易だと。さにあらずだ。まず、アルバイトで労働を体験せよ。短期のアルバイトを30種類経験しろ。そののち、今私が言ったことを父に話せ。知者と呼ばれる変人からこんなことを言われたがどう思うか、とな。帰れ。私の言うことが理解できたのなら、ここにいる暇はない、即アルバイト探しだ。理解できなかったのなら、これ以上至近距離に居られては馬鹿者菌が感染するから帰れ。そして、私の言ったことを実践するまではここに来るな」
問う人 「二度と来るものか。がっかりだ。評判倒れめ」
知る人 「退散しろ。ああ、待て。あとひとつ加えておく。チェルヌイシェフスキーは読むな。彼は信念に従って獄に繋がれた鉄人だ。貴様の如き机上論派が読む物ではない。ライトノベルでも読んで居ろ。さっさと帰れ、悪霊めが」
問う人 「待てと言われたから待ったのですが」
知る人 「帰れ」
(了)
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