モノの値段が安すぎる

【商品・サービスの価格が異常なくらい安いですね。衣食住すべてに言えることだと思います。豊かさを実感できない現代では歓迎されているようですが、ホントにこれでいいのか、とても不安です】

 

 

知る人「不安、ということは、疑問を通り越した心情だね」

問う人「そうです。需要と供給が正しく均衡状態にあれば、経済的には安定していると表現されますよね。モノが安ければ、買い続ける人が増えますから、受容も供給も仲良く右肩上がりを続けるのかもしれません。でも、私たちは購買行動のみで生きているわけではありませんし、それに、ううん、何て言えばいいのかな、僕も安月給ですけど、常に廉価品ばかり買いたいわけではないし・・・」

知る人「節約をすすめる情報などをみると、好きなモノには大枚はたいて良し、といった考え方、まあ、今風のくだらない表現をあえて使えばだな、<自分へのご褒美>とやらになるのかもしれんが。しかし今君が言っているのは、そういうことではないね」

問う人「違います。購買行動と言うのは、本能的なものではなくて、文化的活動でしょう。そこには節度が必要だと思うんですね。必要だから買う、というだけではなく、生産活動の大きな流れの末端を担っている自覚、とでも言いますか」

知る人「君の言う通りだ。自然界に食物連鎖があるように、私たち文明人の中にも、社会を成立させるうえでの行動連鎖があるはずなのだ」

問う人「低価格が蔓延すると、数をさばけなければ、結局は低賃金に支えられた仕組みというレベルにとどまって、経済の屋台骨を支える力にはならないですものね」

知る人「ファーストフードの低価格路線とその業界の低賃金に着目し、そこから日本経済の行く末を案ずる論客もいるね。私も同感だが、ことは外食産業だけにとどまらないのだな」

問う人「低価格路線を続ければどうなるか、ということですね」

知る人「そう。ざっと考えただけでも、次のことが言える。

1)労働賃金が上がらない。

2)上げるには大量に売らねばならないから、多く雇うか、多く働かせるかのどちらかで、結局は安価な労働を生み出すに過ぎず、労働市場にとっていいことは何もない。

3)上記2)を成立させるには、生産~在庫管理~配送といったロジスティクスの整備が欠かせない。強引なモノ作りは経済活動のさまざまな方面へ影響を及ぼし、いたずらに経済を水増し或いは膨張させる。こういったことも、近視眼的エコノミスト連中の安易な経済予測の前提となる。

4)100均の商品をみてわかるとおり、安物は粗悪であることが多い。昔から言われる『安かろう悪かろう』という認識が再び力を得て、昨今すっかり定着してしまった。この結果、粗悪なモノを安く買って、使い古してさっさと捨てる、という使い捨て消費が私たちの暮らしを支えることになっている。これではモノ作りへの熱意も生産活動への興味も沸いてくることはなく、<つくる>という人間活動の基本が忘れられていく、またはないがしろにされる。

5)これはつまり、金を出せば必要が満たされるという考え方を助長し、モノ作りやそれに伴う品揃えの妙、物流の工夫などに無関心な人間が大量に増える。

6)さらに、悪い意味での<考える職業>…いわゆるコンサルタントがその典型だが、自分では一切手を汚さず汗をかかず、他人の仕事のやり方に口を出すことで文字通り『口銭』を得るいかがわしいエセビジネスマンが跋扈することになり、小手先の業務改善ノウハウが産業界に溢れて、その間に我が国は着実に疲弊していく。

7)技術や働き方、職業人としての信念・哲学などが次世代に継承されなくなる。コツコツまじめに働くという当たり前の勤務態度が軽視され、職業人モラルは崩壊する。

8)職業はすべての人間活動の基本であるから、それが崩壊するということは、社会秩序が瓦解することを意味する。無秩序となればそれは国家ではなく、この時点で日本国の歴史は終焉となる。

・・・まあ、ざっと今思いつくだけでもこれだけのことが出てくる。しかるべき資料をあたり、論点を整理すれば、まだまだ出てくるだろうね」

問う人「ううん、なるほど。そう考えるとたいへんな問題ですが、それでもなお、安売りが幅をきかせていますし、この傾向はまだ続きそうに思えます」

知る人「庶民の味方、という錦の御旗があるからだろうな。冒頭にあるように、豊かさを実感できない世の中だからね、モノは安い方がいいと思う人が多いのは事実だ。自分でモノを売ってみればすぐにわかるが、客というのは、価格の変動には敏感だ。様子見の価格ラインを突破して購買可能圏内に入った途端、消費行動が活発になる。値上げすれば買わなくなる半面、値下げすれば飛びついてくる。どんなに無能な経営者でもできるのだよ、価格戦略とやらは。浅知恵の経営方針になびくのは、同じく浅知恵の消費者だ。信念も何もない者同士でモノとカネのやりとりをしてるのだから、まあ、マンガだね。だが、本当に低価格の方がいいと言える商品やサービスがどれほどあるか。君の身の回りを見渡してどうかね」

問う人「そうですねえ、そう言われると……昼飯は毎日外で済ませるから、ファーストフードが職場の近くにあれば、正直ありがたいですけど」

知る人「500~600円でいいのではないかな、一回のランチ代としては」

問う人「うん、そうなんですよね。そのくらいなら。まあ、たまに激安品を買って食べたりもしますが」

知る人「落ち着いて考えればわかることなのだ。毎日買う、毎日利用するといっても、適正価格でいいのだよ。安ければ安い方がいいと言えるのは、例えばトイレットペーパーはどうだ。肌が荒れるほどの粗悪品でなければ、安い方がいいね。あれを節約すると言っても、排便回数を減らすわけにはいかんし、再利用もできん。だから安い方が暮らしは助かるね。だが、ティッシュペーパーを考えてごらん。あるから使うのであって、なければないで済ませられるだろう。代用品は他にあるのだから」

問う人「どちらも消耗品ですけど、確かに、役割が違いますね」

知る人「通勤に利用する交通機関もそうだ。できるだけ安い方が助かるだろう。でも、同じ路線を走る有料特急はどうだ。あれはなくても困らぬ。たまに速く楽して帰りたければ、金を払えばいいだけのことだ。安くする必要はない。水道の水がきれいならミネラルウォーターなどいらぬし、八つ当たり的食行動がなくなれば、食べ放題サービスは廃れるだろうな。何が言いたいかというとだな、安ければいいと思い込んでいるものは、安くなくてもじゅうぶん替えるのだよ、無駄遣いさえしなければね。生活設計という概念を幼少の頃から教えていないから、価格に振り回されるアホが全国に大量発生し続けるのだ。家計のなんたるかを理解せぬ愚か者が家庭を持ち子をもうければ、それを下回る愚か者が育つ。さらにその子が・・・といった具合に、日本人の劣化がすすむわけだな」

問う人「そうならないようにするには、どうするべきなのでしょうね」

知る人「ひとりひとりの自覚を待っていたら、国家としての日没は避けられぬ。大規模な行動でなくていいから、数十人或いは数百人などを対象とした成功事例ののろしを全国であげることだな。条件がすべてそろうのを待っていては、結局何もできん。世の中は悪くなる一方だ。今の君にできること、或いはこれから数年かけて学べばできることがあるはずだね。大飛躍しなくていいから、少し背伸びすることから始めなさい。そうするうちに、もっと遠くが見たくなるだろう。そこで一気に飛躍するのだよ。誰に何と言われようと、これからは自分たちの時代だ・・・そういう気概を持ち続けるのだな」

(了)

3128字。およそ120分。

 

 

 

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です