横浜カジノ建設案、断固反対
【横浜市長が、カジノ誘致を発表しましたね。ハマを賭博場にはさせない、と反対している有力者もいますが、裏ではかなりの強権がうごめいているような感じで、結局は決まってしまうんでしょうね。日本の恥がまた増える…】
知る人「君は世間話をしにきたのかね」
問う人「いや、そうじゃないんですけど、ただ、何ていうか、その」
知る人「君の質問は、まるで茶飲み話だ。私が超多忙でないのは見ればわかるだろうが、初対面の青年と番茶を啜っていられるほど暇でもないのだよ。横浜カジノ化に対して怒りも沸いてこない無気力人種は、生ビールでも飲んで寝てしまうがよい。この時間なら、夕刻のほろ酔いセットにじゅうぶん間に合うだろう」
問う人「はあ、僕は酒飲まないので。あの、横浜は好きな街ですから、賭博場なんか作ってほしくないんです。でも、こういうときって、だいたい、強い方が勝つでしょう。だったら、反対しても無駄かなあ、なんて」
知る人「どちらが強いか、今の時点で決めつけるのかね」
問う人「まだ間に合うでしょうか」
知る人「当たり前だろう。まだ始まったばかりなのだ。議論はこれからだ。向こうには強権者が多数いて、資金も潤沢にある。が、私たちだって無力ではない。数を頼むことになろうが、団結して事に当たれば、賭博場建設阻止はじゅうぶん可能なはずなのだ」
問う人「何から始めたらいいのでしょうか」
知る人「まずは明確な反対理由をみなで共有しておかねばならぬ。なんせ相手は ”経済効果” という錦の御旗を掲げているからな。儲け話なら何でも可決するのが我が国の議会の現状である。これを打ち砕くには、どこから攻められても崩れぬだけの強固な思想・信条が不可欠なのだ。君が反対したい理由は何だ」
問う人「はあ、そうですね、パチンコ屋なんかもそうですけど、ああいうのができると、必ず風紀が乱れるし、町は汚れるし。タバコ臭くて、酒臭くて。店の前は自転車だらけで、道塞いでも平気だし」
知る人「その程度の理由では、まず闘えまい。昨今のパチンコ屋をよく見るがいい。一流デパート並みのサービスだ。店員の接客態度など、すっかり士気の低下したデパート業界の連中よりよほどマシだよ。開店前は店周辺を掃除しているし、態度の悪い客には利用させないという毅然たる態度も見られる。カジノはこれよりはるかに大規模になるのだから、さらに上質な施設環境を構築するだろう。ひょっとしたら、一流ホテルが接客指導に参画してくるかもしれぬ。そのような動きが出てくれば、勝ち馬に乗るのが大好きなマスコミが何をすると思うね。似たような事例をかき集め、さも素晴らしい夢の施設が誕生するかのように煽って、日本全国カジノ礼賛一色であるかのように ”大本営報道” を繰り広げるに違いない。来年に控えた東京オリンピックを考えればわかるだろう。オリンピック反対派の声はかき消され、国民全員が諸手を挙げて歓迎しているかのようなムードで統一されている。横浜カジノがそんな成功物語の軌道に乗せられれば、他の候補地も黙ってはおるまい。我も我もの大カジノ誘致合戦で列島が盛り上がることになろう」
問う人「はあ、なるほど。しかし、思想信条と言いましても…」
知る人「難しいことではない。よいか、今君が言ったような反対理由だと、相手はそれを否定できるタマを探してどんどんぶつけてくる。事例対事例ということになり、どっちの言い分にも理があると周囲は感じて、結局、まあやってみようじゃないかとの、我が国の民主主義らしい場所に落ち着くであろう。事例のような、いくらでも対抗馬をぶつけられるやり方ではダメなのだ。原理原則でいかねばならぬ」
問う人「と言いますと、何があろうと悪いものは悪いんだ、っていう」
知る人「そう。経済効果を凌駕する、強固な思想が必要だな。それも、○○大学▲▲教授曰く云々だとか、かつてマルクスはこう言っただとか、エライ人たちの言葉を引っ張ってくるのではなく、私たち庶民の、生きた言葉で語るのだよ。いいかね、論点は少ない方がよい。あれこれ挙げてみよ、必ずひとつひとつ打ち砕かれる。または無視される。説得力ある理由を少しにするのだ。まず、建設予定地は公共の場だ。私有地ではない。オリンピックの場合、健全なるスポーツの祭典という本来の性質が、公共の場を占有する強力な根拠となった。体を動かすのがイヤでもスポーツ観戦ならOK、という人は多かろう。スポーツの祭典は、公共の場を使うにふさわしいと判断された。だが、カジノは全く異なる性質のものだ。ひたすら射幸心を煽り、借金まみれになってもやめようとしない。賭博でもなんでも、ほどほどに楽しめば害にならぬ、との主張が出てくるのは目に見えているが、酒はどうだ、タバコはどうだ。執着し過ぎて身を滅ぼした悲惨な事例を、これ以上日本に増やしたいのか。酒産業は、アルコール依存者が支えている。タバコ産業は、ヤニ依存者が。同様に、賭博業界は、金を注ぎ続ける射幸心溢れた中毒者で成り立っているのだな。ヘビーユーザーがいなければ、奴らは儲からぬ。これに対して建設賛成派は言うだろう。”健全なるカジノ” はじゅうぶん可能だと。やり過ぎぬようさまざまな工夫をするとか、規制を設けるとか、なんだかんだと言うであろうが、そもそも、規制に縛られぬ自由さが賭博の賭博たるゆえんではないか。どこまでも行ってしまいそうな危うさ。酒もタバコも賭博も、すべてそのような危うさを秘めている。これが、中毒者には抗し難い魅力なのだよ。酒・タバコを合算すれば、わが国だけでも数兆円規模の大市場だ。賭博の否定のために飲酒喫煙が引き合いに出されれば、彼らが黙ってはいない。そして、酒タバコ肯定論は、賭博受容(=需要)と隣り合わせの仲良しさんだ。徒党を組み、カジノ反対論を潰してくるだろう」
問う人「そうなれば、かなり不利ではありませんか」
知る人「そんなことはない。賭博で身を滅ぼした人、離散した家庭の例なら、まさしく枚挙にいとまあらずだ。カジノ先進国である諸外国を見よ。そのような例をいくらでも探すことができる。巨大賭博場ができてプラスになるのは、経済効果だけ。本当に、ただそれだけなのだ。人間を破壊し、そこには金だけが残る。山ほどの金。しかし、それを使う人間などどこにもおらぬ。このような、マンガとしか言えぬ戯画的状況が横浜を覆うことになるだろう。話をまとめよう。公共の場で、公共の金を使って、人間性破壊の危険性を秘めた施設を建設するというのは、どう考えても正当な理由が見当たらぬ。誰でも利用できるフィールドアスレチックみたいな場なら、反対者はおらぬだろうが、経済効果は薄い。しかし、強い肉体を有した健全なる市民が育つであろう。経済効果という言葉には、目先の利益の観点しかない。そうではなく、数十年後に横浜を支える人材を育てる方がよほど重要なことなのだ。増大する一方の医療費を見るがいい。不健康の連鎖を今ここで断ち切らねば、わが国は世界のお荷物に成り下がるであろう。カジノ反対は、単に賭博否定にとどまらぬ。日本国の赤字体質克服の試金石なのだ」
(了)
2907字。