我ら日本人、衣食いまだ足らずや

【老人ホーム職員です。職場ではお年寄りたちが退屈しないよう、テレビが一日中つけっぱなしです。それで僕もつい見てしまうのですが、そのくだらないことと言ったら。とりわけ、食べ物番組の多さには呆れてしまいます。ひどいものですよ】

 

 

知る人「どこの局を見ても同じだな。お笑い芸人かイケメンタレントが出てきて、オイシイだのウマイだのと、幼稚園児でも知っている基本語だけで味を表現する。そこに、顔だけで採用された、ニュースの読めない女子アナとやらが加わり、貧弱な語彙をたどたどしく並べて恥の上塗りを繰り返す。海外からの客人に、もっとも見られたくない光景の一つだ」

問う人「まったく同感です。朝から晩まであのようなくだらない企画を垂れ流し続けるテレビ局側の真意を知りたいところですね」

知る人「そう難しく考えるほどのことではあるまい。彼らは視聴率を稼ぎ、スポンサーを納得させることができればそれでいいのだ。ちょっと考えればわかることだがね、一日二十四時間、すべての局で延々と切れ目なく番組が続くのだから、見るべき中身などあろうはずがないのだな。まあ、テレビがまき散らしている害毒とその弊害については、過去にいくつかの記事で論じている。ここに紹介しておこう。

2019年3月11日: テレビを見ると、バカになる

2019年3月15日: テレビは愚民を量産する

2019年8月25日: <24時間テレビ>。これぞ日本の恥

2019年8月27日: <24時間テレビ>について考える

……これらと重なる部分も出て来ようがね、君の意見について考えてみることにしよう。くだらないのは、食べ物の企画ばかりではない。愚にもつかぬ番組を消去していけば、局によっては24時間すべてが空欄になるであろうな。が、ここでそれら全部を論ずる余裕も情報もない」

問う人「そうですよね。だから、食べることに執着するのはなぜか、という点に絞って考えたいですね」

知る人「体型のことに言及すると反発されるかもしれぬが、町を歩いていると、とにかく肥満体の大人の多いのに呆れてしまう。とりわけ、30代から上の男性となれば、働き盛りの期間に備えてエネルギーを蓄えているのかと疑いたくなるね。彼らの醜い体型こそが、君の疑問に対する視覚的回答と言ってよいかもしれぬ」

問う人「デブが喜びそうな番組だ、ってことでしょうか」

知る人「まあ、それが問題の本質の一部を衝いているのは間違いないだろうな。少数の例外を除いて、肥満とは常に怠惰の象徴であり続けてきた。それを『貫禄がある』とか『恰幅がいい』などと当たり障りない言葉で覆い隠し、加齢と肥満は並行して起こる現象のように思われてすでに久しい。先人たちが、少しでもラクに暮らせる世の中にしたい、と頑張って築いた今の世を、私たちは貪り続け、その結果として醜い体型の現代人が急増した。一度味をしめた者は、過去の苦難や不便には決して戻ることができぬ。ラクして生きるように、心身が成り立ってしまっているからね。こうなれば、政財界にとっては実に仕事がやりやすい。なんせ、オイシイ餌を与えておくだけで文句が出ないのだからな。やたらとオイシイ、ウマイ、とキャアキャア叫ぶテレビ番組は、怠惰人種の餌を切らさぬよう、そして、ナマケモノたちが読書などに目覚めて啓蒙されぬよう、しっかり見張り、繋ぎ留めておく役割を担っていると言ってよかろう」

問う人「衣食足りて礼節を知る、と古くから言われますよね。これは、わが国には当てはまらないのでしょうか」

知る人「的外れだろうな。マズローの欲求五段階説をいまだに信奉している人々にとっては、納得しかねるかもしれぬがね。満腹を一度覚えた者は、二度、三度とその感覚を味わいたくなる。箪笥や衣装棚が満杯になれば、衣類の購入はひとまず打ち止めとなろう。が、食は違うのだ。腹一杯詰め込んでも、時間が経てば腹は空いてくる。知識だけは豊富な私たち現代人は、そこに炭水化物がどうだの、たんぱく質はこうだのと、聞きかじりの栄養情報を継ぎ足して、自己流の食哲学を作り上げる。こういうものを食べなければ、と自分に言い聞かせるのだな。こういった人種にとって、いわゆるグルメ番組や食情報企画ものは、かっこうの踏み台になり得るわけだ。体にいいものを食べよう、或いはひところ大はやりだった ”自分へのご褒美” とやらで、テレビや雑誌の安易な企画に踊らされ、食べ物番組の氾濫をしっかり下支えする役割を担わされていることになる」

問う人「つまり、食べ物番組の氾濫は、どれほど怠惰な国民が多いか、その指標にもなるということですね」

知る人「その通り。衣食足りて礼節を知るどころか、食は礼節に優るとばかりに鼻先の餌を追い続けるのが、私たち21世紀日本人なのだ。かつて、極東アジアに世界の注目が集まる契機をつくり、いくつもの奇跡を成し遂げた日本人は、残念だがもはや死に体同然である。民滅びてテレビあり、ということにならぬよう、一日も早く、一人でも多く、 <日本人>が崩壊しかかっている現状に気付かねばならぬ。 ”うわあ、これ、モチモチ” ”めっちゃウマイやんか” などと粗悪な現代語を吐き散らしているヒマはないのだ。とにかく危機感を持て」

(了)

2143字。

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