昔はよかった。それ、いつのこと
【来年で50歳になる男性です。最近、やたらと昔を懐かしむようになりました。今はダメだなあ、なんて思ってしまって。こういうのって、老化の始まりなのでしょうか。若い頃に、身近な年配者たちが嘆いていたのがわかってきた気がします】
知る人「まあ、50年と言えば半世紀だからな。長く生きてきたなあ、と感慨深くなるのも理解できぬこともないがね」
問う人「老化の始まりですかねえ」
知る人「昔を懐かしんでばかりいたら、それは老化の始まりというより、成長の停止だろうな。過去に戻ることはできぬ。それなのに過ぎ去った時間への思慕を拭いきれぬというのは、このあたりで自分は終わりです、と宣言しているようなものだ」
問う人「でも、過去を懐かしむのは、悪いことではないでしょう」
知る人「程度の問題だろうな。誰だって過去を振り返る。だが、それは、よりよい未来を築くために必要だからだ。過ぎたことをあらためて振り返り、反省して、次に生かす。これが正常な心理であろう。しかしだな、いつまでもそれにこだわり、そこから先に行けぬというのは、未来を築く意思が薄弱なのだな。…まあ、それはひとまずおいておこう。ところで君、昔はよかったと言うとき、その<昔>とはいつのことを指しているのかね」
問う人「ううん、それは内容によって違いますけど、そうですね、やっぱり、自分の少年時代とか、親から伝え聞いたような時代の話とか、でしょうか」
知る人「私が少年の頃、戦後生まれの苦労知らず云々、とさんざん言われたものだ。が、今の私には、現在の若い世代は、自分たちよりもっと苦労知らずに見えたりもする。これはある程度、延々繰り返されることでもあるのだろうな」
問う人「年輩になれば、若者が頼りなく見える、と」
知る人「そう。例えば、明治生まれの人たちだ。いまや絶滅に近いほど激減したがね、かつて明治生まれと言えば、必ず ”気骨の人” とか忍耐強いとか、鋼の如き明治人像が語られたものだ。しかしだな、漱石の『三四郎』の冒頭、汽車の中で相席になった男性から、日本はもうダメだ、富士山以外に誇れるものは何もない、などと聞かされ、田舎者の三四郎はすっかり驚いてしまう。これほど有名な作品ではないが、三浦綾子の長編『夕あり朝あり』にも似たような描写があってね。時は明治、日清戦争前だ。主人公はまだ若く、兵役に就ける年齢に達していない。そこで、遼東半島に潜入し、スパイ活動をして祖国の勝利に貢献しようとするんだな。すんでのところで抑えられてしまうのだが、彼を止めた年配者がこう言う。
明治この方、日本人はすっかりダメになったと思っていたが、君のような若者がいるとはね。
…これは実話だから、たぶん、このセリフも本当にあったのだろう。今でこそ、骨太日本人の代表格みたいに言われる明治人も、当時の年輩者からすれば、頼りない ”現代っ子” だったのかもな」
問う人「なるほど。確かに、過ぎた時代って、美化され、理想化されますよね。僕も同じように、自分の知る過去の時代をそのように作り上げてしまっているのでしょうか」
知る人「その傾向はあるだろうな。が、最近の原点回帰的志向には、どうも容認しがたいものを感じてならぬのだ。<昔はよかった>的企画として、私が思い浮かべるのは、NHKテレビ『プロジェクトX』だな。戦後の経済復興の主役たちをとりあげた人気番組だったが、並行して映画界では、昭和30~40年代のブームが起こっていた。映画『三丁目の夕日』など、人気作があったろう。こういった一連の流れが、次代へとつないでゆく橋渡しではなく、現状に不満を抱き、ただ過去を懐かしんでいるだけの後ろ向き人種の駆け込み寺みたいになっていた気がしてね。確かに戦後の復興は奇跡的だった。あの時代、仕事に人生を賭けた人たちがいっぱいいた。この人たちのおかげで今があるわけだから、いくら感謝してもしきれぬくらいだ。しかし、時は過ぎたのだ。過去はあくまで参考資料に過ぎぬ」
問う人「懐かしむだけで終わってちゃダメだってことですね」
知る人「そう。それと、今に伝わる古い時代の情報というのは、さきほど少し触れたように、なにかと美化されやすい。部活などでも、OB連中がたまに来て後輩たちに言うだろう、『俺たちの頃はもっと厳しかった』とか何とか。過去と現在を比較するなら、説得力ある明確な基準が必要なのだ。たた単に先輩風をふかし、後輩たち、若者たちがひれ伏すのを見て満足していてはならぬ。自分は過去から学ぶ、と信じるなら、その過去に関する情報の精度を高め、論理的な認識を持たねばならぬ。昔はよかった、と、感覚だけでモノを言うと、賢明な若者には軽蔑され、愚かな若者には煙たがられる。半世紀も生きてきたのだからな、君、そろそろ、世代間の橋渡しを考えてはどうかね。君が間に入り、年輩者と若者を結ぶのだ。下積みが忘れられ、努力が軽視される今の時代だからこそ、苦労した世代の体験が生きてくる。人間は死ぬまで成長するのだよ。そうすることで、君は理想的な還暦を迎えられるようになるだろう」
(了)
2080字。