公私を厳然と分けよ

【老人介護の仕事をしています。最近、何のために働いてるのかわからなくなってきて、困ってます。確かに社会的意義の深いすばらしい職務ではあります。でも、これだけでいいんだろうか,これが自分なのか、と思うと、複雑な気持ちです】

 

 

知る人「その仕事を始めてどのくらいになるのかな」

問う人「丸三年です。もうすぐ介護福祉士の試験を受けます」

知る人「自信のほどは」

問う人「たぶん、大丈夫でしょう」

知る人「施設かね、それとも訪問」

問う人「施設です。特養で働いてます」

知る人「まあ、人手不足やら何やら、現場は問題だらけだろうとは思うが、やりがいはあるだろう」

問う人「ええ。最初のころはそうだったんです。でも、最近、これでいいんだろうか、っていう気持ちになってきて」

知る人「介護の仕事の中身ではなく、それに従事するだけで終わっていいのか、ということかな」

問う人「そうなんです。この仕事の前、僕は営業マンでした。でも、どこの誰かもわからない不特定多数の客に商品を流すだけで、まったくやりがいが感じられず、20年働いた末にやめました」

知る人「介護と出会ったきっかけは」

問う人「近所に介護福祉士がいまして、その人にいろいろ教わっているうちに、ああ、こういうのもいいなあ、と思って、資格を取ったんです」

知る人「なるほど。営業マン時代と比べてどうだね」

問う人「やりがい、という点では、およそ比較にならないですね。ご老人たちが、僕の手を握って喜んでくれるんです。こんなすばらしい仕事があったのか、と、感謝感激で働きましたよ」

知る人「で、その感謝感激が、少しずつ薄れてきたというわけだな。アクセルが弱まった主な理由は何だと思うかね」

問う人「ううん、何度も何度も、しつこくしつこく考え続けたんですが、<自分らしさ>に欠けてるんじゃないか、という気がして。確かに、社会的意義の深い、世の中に必要な仕事です。誰に対しても、胸を張って言える職業ですよ。でも、それは一般論であって、そこには<自分>が不在なのではあるまいか、と」

知る人「ごく単純に言えば、今の業務の中に、自分らしさを取り入れていけばいいのではないのかな」

問う人「そうですよね。そう考えますよね。実は僕、読み書きが大好きでして、国語辞典をまるごと一冊読んでしまう男なんです。美しく、素晴らしい母語とともに生きていきたい…そう考える自分が、介護とはまた別のところにいるんです」

知る人「そのもう一人の自分が、主張し始めたわけだ」

問う人「ええ、そうなんです。(おいお前、それでいいのか。モノ書きになりたかったんじゃないのか。本を出すんじゃなかったのか。無知な大衆を啓蒙して、21世紀日本のルソーを目指すんじゃないのか)…そんな内なる声が、近ごろ仕事中でも聞こえてくるようになりました」

知る人「三度の飯より好きかね、読み書きは」

問う人「好きですね」

知る人「もしもだな、今の仕事に君の好きな読み書きの要素を取り入れるとすれば、何をどうするかね」

問う人「そう、そこなんですよ。そこを必死で考え続けたんです。でも、答えが出ない。中には、老人向けに紙芝居をやるとか、尻取りをやって遊ぶとか、四字熟語の空欄埋めだとか、いろいろと成功事例は聞きます。でも、どれもピンとこないんです。何だかどれも、お年寄りを子ども扱いしてるみたいで、どうも抵抗あるんですよね」

知る人「そうだな。レクをやっても、参加するのは女性ばかりだという話も聞く。デイサービスのような通いと、老健や特養みたいな居住施設では、まったく同じレクをやるわけにもいかぬであろうしな」

問う人「そうなんです。でも、読み書きって、興味のない人にとっては、苦痛以外の何物でもないですよね。だから、僕の趣味をそのまま押し付けるわけにはいかないし、かといって、たくさんのお年寄りが抵抗なく参加できるとなれば、とても簡単な、子供っぽいものにせざるを得ないんです」」

知る人「そうしているうちに、介護も、読み書きも、どちらも自分らしくなくなり、自分から離れていくような感じがしてきたのではないかね」

問う人「まったく、おっしゃる通りです」

知る人「どちらかを選択する、という、二択問題ではないね」

問う人「ええ。どっちも自分には大切なことですから、一方だけというわけにはいかないですね。でも、現実としては、一日の大半を施設で過ごしますから、仕事の比重が大きいのは言うまでもありません」

知る人「公私ともに大切で意義深く、どちらも捨て難い。なんと贅沢な悩みだろうね。なるほど、よくわかった。今の、そしてこれからの君にいちばん大切なのは、自分を二つに分けることだ」

問う人「公私を分けろ、と」

知る人「そう。自分は常にひとつ。個性も、人格も。これを分けることなどできぬし、仮にそうしたら、己の持てる能力を分散することになって、結局、どちらも中途半端で終わる…どうかな、君はそう思ってきたのではないかね」

問う人「まさにおっしゃる通りです。自分を分けたくない。一か所に焦点を定めたい。一点突破型職業人生を目指すべきだ、と今まで考えてきました」

知る人「それがうまくいかぬ。さて困った。…いいかね、君の中にあるふたつ、<介護職>と<読み書き>は、どちらも君を前に進めるうえで欠かせぬ両輪だ。稼ぎでは圧倒的に介護職であるが、君を支え、構成する要素としては、どちらも等価関係にあると言ってよい。こんなとき、まずはそれらの共通点を探り、統合が可能か否か、徹底的に研究するのが不可欠だ。だが、君にとってそれらは、統合不可能であると結論が出た。となれば、答えはひとつ。君を支える車の両輪を、等しく全力で回転させ続ける以外にない。一番の敵は不健康に陥ることだ。とにかく健康第一。体調を崩したために志なかばで消えていった人物の、何と多いことか。いいかね、君の最大の敵は怠惰だ。楽をしてはならぬ。常に健康に留意し、心身を磨き続け、最高の状態を保つのだ。そうすれば、今君の中でぶつかり合っているふたつの問題は、いずれも君を未来へと導く牽引車に変貌を遂げるであろう。個体としての人間はひとつだが、個性はふたつあってもいいのだよ。よいか、己を分断するなどと考えてはならぬ。左右両手に強力なる武器を持つと考えるのだ。左の武器、右の武器。このどちらかを使えば、或いは両方活用すれば、君の行く手を阻む敵などおらぬ。君という人間の、総合力で職業人生を勝ち抜くのだ」

(了)

2634字。

 

 

 

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