神も仏も、あるものか(2)

【能登半島地震で亡くなられた方々のことを思うと、夜も眠れません。自分とまったく同じ普通の庶民が、なぜこんなめにあわなければならないのでしょうか。運が悪かった、などと言い放ってしまえる問題ではありません・・・】

*本記事は、 神も仏も、あるものか(1) の続編としてお読みください

 

知る人「だからどうしろと言うのだ、と問い返してはならぬのであろうな」

問う人「もちろんです。何らかの回答をいただきたいと思って、ここに来たんですから」

知る人「答えぬと言っておるのではないがね、君のように真正面から深刻にとらえていると、今に身も心もすり減って、使い古しの消しゴムの如き姿になってしまうのではないか、と思うのだな。君はそう思わぬかね」

問う人「・・・もう、かなりすり減っています。まったく眠れなくなって、心療内科のお世話になり始めたところです」

知る人「よくない傾向だな。災害や事故など、悲惨な出来事はひんぱんに起きている。そのつど君はそうやって思い悩むのかな」

問う人「まあ、すべてに対してではないですが、よくあることですね」

知る人「悩んでもどうしようもないことで悩むのは、やたらと気苦労の多い人間の特徴のひとつと言えよう。君が気の毒がったところで、失われた命は還って来ぬ。それでも悩みたければ悩むしかないだろうが、まあ、そこから一歩すすめてだな、建設的で具体的な提案でもできぬものかね。無意味な悩みに沈む者がいると、その周囲は暗鬱なる空気に支配されてゆく。ただでさえ暗い話題ばかりの我が国において、これ以上暗黒の種子を撒くのはやめるべきだと思うね」

問う人「はあ、ずいぶん手厳しいお言葉ですね」

知る人「これでもかなり遠慮しておるのだ。とりあえず、話を前にすすめよう。君が感じているのは、人生の無常ということ、ただこの一点に尽きると言ってよかろう。違うかね」

問う人「おっしゃる通りです。どうにもならないものなのか、と」

知る人「だからどうしろと言うのかね」

問う人「あの、話が振り出しに戻ってますが」

知る人「かつて、精神科医の神谷美恵子は、ハンセン病患者のことをこう言った。曰く、わたしたちのかわりに苦しみを背負った人々だ、とね。誰でも病気にはなり得る。私かもしれぬし、君かもしれぬ。災害の犠牲者も同じだね。首都圏で同じ規模の地震が起きていれば、私たちはもうこの世におらぬかもしれぬ。或いは、もし日本海側を旅していたとすれば、被災して命を落としたという可能性はじゅうぶんにあろう」

問う人「そうですよね。でも、ぼくらはこうして生きてます。いつ死ぬかわからないけれども、とにかく命をつないだままでいられる。結局のところ、いつどうなってもいいように、覚悟して日々を生きるしかないってことになるんでしょうか」

知る人「そんな覚悟ができるのかね、君は」

問う人「できません」

知る人「いつどうなってもいい、と思いつつ暮らせる人間が、そうたくさんいるわけがない。誰しも明日に希望をつなぐものだからな。ただ、先の見えぬ時代だからな、あまりに遠大なる目標を掲げて突き進むのはいかがなものかね。着実に橋頭保を築きつつ、一歩一歩前進するのが現実的であろうな。しかしだな、君の心をとらえているのは、私たちがこれからどう生きるか、という問題ではなかろう。災害の犠牲になったという事実をどう受け止めればよいか、遺族に何と声を掛ければよいか。およそこういったことであろう」

問う人「そうです。そこが最大の難問ですから。そこを通過しない限り、ぼくは前に進めないんですよ」

知る人「続報が入るたびに、犠牲者の数は増えてゆく。ああ、50人だ、いや、60人、ついに70人、80人・・・まだまだ増えるであろう。ここにはとても危険な感覚が潜んでいると言わねばならぬ。例えば東日本大震災や阪神淡路大震災と比べてどうか、大都会ではない分、亡くなった人の数は少なくて済みそうだなあ、とね。いつからこうなったのか知らぬが、私たちは、失われた人命を、一塊の群としてとらえるようになってしまった。1000人より500人、50人より5人。犠牲者ひとりひとりに深淵なる人生行路があり、それぞれに目標や課題や希望など、他人には計り知れぬほどの思いを抱えていたはずなのだな。それなのに、何十人、何百人と、ひとまとめにしようとする。商業主義に冒された感覚かもしれぬが、まあ、ここでは問わぬ」

問う人「人ひとりの命は尊いんだ、という結論でしょうか」

知る人「当たり前すぎるとでも思うのかね。だとしたら、君の感覚もじゅうぶんに冒されておると言わねばならぬな。戦争でミサイル10発撃ち込まれ、犠牲者が3名。おお、最小限の被害で済んだ。これが ”頭数” というものだな。3人の犠牲者はともかくとして、と、少数の犠牲者は脇にどけられるのだ。この場合、三者三様の人生があったのだ、それが失われたのだ、と考えねばならぬはずだ、そうではないかね。私たちは、犠牲になられた方々ひとりひとりに対して、可能な限り思いをいたし、30人なら30の、100人なら100の、深淵なる人生行路が破壊された事実を厳粛に受け止めるがいい。そして次にやるべきは、それらの方々の無念を晴らすことだ。どこまで可能かは何とも言えぬがな、彼らのやりかけの仕事を受け継ぐのだよ。たったひとりでいいのだ。私たちは、 ”モノ” でも ”コト” でもなく、人なのだ。強制終了させられた人生行路を、どこまで再生できるか。幸運にも生き続けていられる私たちのやるべきは、これなのだ」

(了)

2269字

 

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