役立たずの<役割り>とは(1)

【今までに何度も出てきた人間類型の一つに、<市場経済に馴染まない人>というのがあります。市場価値を生み出すことも、活用することもできない人物、これぞ現代の ”役立たず” ですね。きょうから三回、この人物像について論じます】

 

 

上司「君、もう新年を迎えてしまったが、次の勤め先は決まったのかね」

部下「すいません、まだなんです。ぼくのような、不惑を過ぎても実績のない男は、労働市場では値がつかないんでしょうね」

上司「あいかわらずのんきな物言いだな。君んちは受験生を二人も抱えてるんだから、早く就職先を見つけなきゃ大変だろうが」

部下「まあ、3月末までまだだいぶありますから、それまでになんとか。課長はどうなさるんですか」

上司「わたしも君と似たりよったりだよ。還暦近い初老の男となれば、よほどの実力者以外は相手にされん。職安にも通ってるんだがね、うまくいかんよ」

部下「まさか、部門まるごと廃止されるとは思いませんでしたよね。あとの四人はどうなんでしょう」

上司「田中と鈴木も落ちたそうだ。まだ若いのになあ。佐藤もいくつかの面接で蹴られたと聞いている。君と同期の山田も苦戦しているようだね」

部下「退職金は割り増しされるって聞きましたけど、失業してしまえば、そんなのすぐなくなってしまいますよねえ」

上司「うちの創業家は代々が吝嗇家だからな、金額は期待しない方がいいだろうな。ああ、新年早々、忙しい話だ」

部下「課長もけっこう、のんきじゃありませんか」

上司「そうだなあ、この課には、わたしと君のような、危機感の薄いのんびり屋が集まってるからなあ。もしかしたら、解雇を前提にして、課員を集めたのかもしれんな」

部下「課まるごとお払い箱にすれば、クビの通告は一回で済みますもんねえ。あの一族の考えそうなやり方だな、まったく・・・あ、今、同期の山田からラインが来ました。

また応募書類が戻ってきた。不採用はこれで12社めだ。紙ごみで捨てるのももったいないから、12社分の書類に火をつけて芋を焼こうと思ってるんだが、どうだ、君も食いにこないか。芋は焼きたてがいちばんだ。

・・・あいかわらずですねえ、あいつも」

上司「我が課はまさに同類の集まりだな」

部下「ぼくはまだ8社ですからね、あいつに4社も負けてる。がんばって応募しなきゃ。でも、こんなことばっかりもやってられないんですよねえ」

上司「例のやつか」

部下「そうなんです。今度は隣の区の特別養護老人ホームに呼ばれてるんですけど、季節にちなんで、折り紙で羽子板を作る予定なんです」

上司「君の折り紙の腕前はすごいもんなあ。お年寄りたちの喜ぶ姿が目に浮かぶよ」

部下「課長だって、バンドの活動で忙しんでしょう。次はどこでやるんですか」

上司「コロナ規制がだいぶゆるくなったからな、日比谷あたりで演奏しようと思ってるよ。ジェスロ・タルのイアン・アンダーソンの真似をして、フルートも習得したからな。ギターとフルートの二刀流だ」

部下「かっこいいですねえ。こう言っちゃなんですけど、営業より、バンドでギター弾いてる課長の方が、よっぽどいきいきしててかっこいいですよ」

上司「君だって、折り紙の話をしているときがいちばん楽しそうだよ。鈴木はダーツの名人だし、田中は歌留多の全国大会常連だ。山田は釣り名人、佐藤は日本酒の利き酒大会で3年連続優勝ときた。大昔から続く酒蔵の利き酒師をおさえての堂々たる優勝だからなあ、たいしたもんだ」

部下「みんな芸達者なのに、仕事は決まらないんですよねえ。なぜでしょうね」

上司「まあ、そういう世の中なんだろうな」

部下「・・・どういう世の中なんですか」

上司「つまりさ、金になることができない野郎は相手にされないってことだよ。わたしたちはみんなそうだろう。わたしも、50歳過ぎてようやく管理職に選ばれたが、課長としての評価はたぶん最低だ。まあ、向いてなかったんだな」

部下「課長って、部下に厳しいこと言えないですもんねえ。出世する人って、うまく責任転嫁するっていうか、自分の失敗を他人の責任にすり替えるのがうまいんですよね。課長にはそういうのできないでしょ。何でも自分でかぶってしまうんだから」

上司「そうだなあ。課長になってすぐ、夜眠れなくなってしまったからなあ。ま、分相応なことをするべきだったんだろうな」

部下「これからはそうしましょうよ。田中も鈴木も佐藤も山田も、きっと、自分の道を行きますよ。会社のために働いたって、なんにも残らないじゃありませんか」

上司「そうだな。自分らしく生きるか、これからは」

(了)

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・・・ 役立たずの<役割り>とは(2) に続きます

 

 

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