役立たずの<役割り>とは(2)
【金にならないことしかできない、還暦間近の男です。趣味でしか自分が輝かないというのは、要するに役立たずの負け犬なんでしょうね。仕事は一流、趣味は玄人はだし。そんな人がうらやましいです。まあ、今さら、って気もしますが】
* 役立たずの<役割り>とは(1) の続編です
知る人「金にならないことはしない、という輩は多いが、君の場合は逆だね」
問う人「そうですね、正確に真逆かどうか疑わしいですが、金になることができないのは事実ですね」
知る人「勤め先の業績向上には貢献できない、と」
問う人「ええ、そうです。貢献しているつもりでも、実際には足を引っ張っていたり、ほとんど意味なかったり、というのが多かったです」
知る人「趣味はかなりの水準に達しているようだが」
問う人「高水準かどうかはわからないですが、まあ、お客さんは喜んでくれるし、自分も楽しいし、言うことはないですね」
知る人「学生時代からの仲間と、バンドを組んで活動しているんだね」
問う人「ええ。大晦日は新宿で派手にやる予定だったんですが、インフルエンザの蔓延が気になったので、今回は見送りました。この春、日比谷公園の野外ライブを予定してます」
知る人「楽しそうだな。得意なことについて語っているとき、誰でもそうなるものだが、君はとくにそうだ。それでメシが食えたら、と思ったこともあるだろう」
問う人「ううん、ちらっと考えたことはありますけど、プロになる気はしませんでしたね。自分には無理、というんじゃなくて、なんていうかな、お金もらいたくないなあ、って思いまして」
知る人「素人に徹したい、か。いいことだ。都市対抗野球を見ていると、プロも打てないような剛速球投手や、それをスタンドにぶち込む猛打者がいたりするがね。ああいった人たちと同じだな。すべてがプロになりたいわけではないし、また、なる必要もない。ものごとの基本は、何と言っても楽しさだからね」
問う人「そうなんですよね。食えないことに熱心になるなんて馬鹿馬鹿しい、なんて言う人は、まあ、それはそれでいいと思うんですけど、みんながそうだと決めつけないでほしいな、って感じますね」
知る人「まさに『釣りバカ日誌』のはまちゃんだな」
問う人「まあ、うちの社長はすーさんじゃありませんけどね」
知る人「そろそろ本題に入りたいが、君が聞きたいのは、自分は役立たずの負け犬かどうか、ということかな」
問う人「いや、そうじゃないですよ。それはもうわかってますから。自分がお聞きしたいのは、稼ぐが勝ち、っていう世の中がずっと続いていいんだろうか、という疑問なんです」
知る人「市場主義経済が続く限り、そういう世は終わらぬであろうな」
問う人「でも、そういうのに疲れてしまった人たちって、けっこういるんじゃありませんか。無気力で刹那的な若者が増えてるのと、おおいに関係あるって気がするんですが」
知る人「勝ち組・負け組という現代語があるだろう。死語にすべきだと私は考えておるがね、あれはまさに、稼ぐが勝ちの思想を現し切ったものと言ってよい。勝てば官軍、の言葉通り、稼いだ者が最後に笑う、稼げなかった者は泣く。これが優勝劣敗の原則だ、とね」
問う人「どうにか暮らしていける程度の稼ぎではだめだ、っていう考え方もわかりますよ。金はあった方がいいに決まってますから。でも、稼ぐためだけの一生でいい、という生き方が主流になると、かえって、社会の活力が失われる気がするんですよ。そう思いませんか」
知る人「その通りだな。実際、すでにそうなっておる。今の日本が低迷し続けている理由の一つはそれだからな。金を追うな、いつか勝手についてくる。そういったおおらかな考え方・生き方が、今ほど求められている時代はないだろうね。ただ、多くの人々が気にするのは、今はいい、でも年取ったら・・・と、老後が不安なのだな。君はどうなのかね、老後の貯えはあるのかな」
問う人「ないこともないですが、全然足りません」
知る人「そうだろうな。趣味に徹した生き方で老後の貯えができるなら、誰でもそうしたいだろうからね。奥さんはどうなのだね」
問う人「妻も現役ですから、稼ぎはあるんですけど、わたしと同じで、趣味に生きてまして」
知る人「ほう、奥さんは何を」
問う人「英文学が大好きで、最近、ジョージ・ギッシングの全集を手に入れたと言って喜んでますね」
知る人「ギッシングの全集か。英語の原書だね。あれは翻訳では出ていないはずだ」
問う人「おっしゃる通りです。しゃべるのは下手なんですけど、読むのは得意みたいで」
知る人「いい趣味だな。まあ、原書漁りも金がかかるだろうがね。そういった金の使い方なら、君も認めているのであろうね」
問う人「ええ、そうです。おおいに使え、とまでは言ってませんけど、いい趣味だなあ、と素直に喜んでますよ、わたしも」
知る人「老後の貯えがどのくらい必要か、というのは、検索すればさまざまな情報が出てくるからな、じっくり調べてみればよかろう。だが、悠々自適に暮らすには、そうとうな金額を確保せねばならぬ。そこまでいかない人の方が多かろうね。君だけではないのだ、世の中そんな感じだよ。偉くなりたい、とか、金持ちになりたい、などと思うなら話は別だが、そうでないのなら、ほどほどに働いて、思い切り趣味で楽しめばいいではないか。どこからも文句を言われるものではあるまい。老後が不安、というなら、少しでも長く働けるよう、健康第一で暮らすことだ。何と言っても最大・最高の財産は<健康な体>なのだからな。体さえ動けばなんとかなるものだよ。世間が金儲け第一だから自分もそれに合わせるなど、あまりに馬鹿馬鹿しい生き方だと言いたいね。金が欲しければ人一倍働く、楽しみたければ趣味に生きる。どちらも百点満点の人生なのだ」
(了)
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